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瘀血および瘀血関連の腹証について

瘀血研究 第2回瘀血総合科学研究会(1981年)

瘀血および瘀血関連の腹証について

小川新(OGAWA Arata)

目次
1. はじめに
2. 腹証研究の問題点
 2-1)法則性について
 2-2)毒の存在について
 2-3)腹証における時の問題
3. 私の腹証研究法
4. 瘀血および上腹部関連腹証について
 4-1)古典における瘀血腹証の他覚的表現
 4-2)『腹証奇覧』および『奇覧翼』の桃核承気湯腹証
 4-3)桂枝茯苓丸について
 4-4)臍傍抵抗に対する私見
 4-5)腹証の併存性について
 4-6)上腹部ないし心下の腹証について
5. むすび

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肝疾患の臨床_特に肝癌・肝硬変

『漢方の臨床』43巻6号,1996年

肝疾患の臨床_特に肝癌・肝硬変

小川新

■序
 肝癌は漢方的に言うならば肝積にあたるが、それは悪性腫瘍と称するほうが理解し易い。慢性肝炎も肝硬変→肝癌というパターンが最も多いが、肝癌としてはじめから、慢性肝炎を経過することなしにおこす原発性肝癌は少ない。私達の臨床的経験から類推するに最も多いのは、肝炎、肝硬変から移行した続行性肝癌である。
 次に多いのは、転移性肝癌である。胃癌・大腸癌・直腸癌・胃癌・前立腺癌・子宮癌・卵巣癌等であるが、これら続発性癌ないし転移性肝癌についての臨床弁治の実際を報告し、御参考に供したいと思います。

■肝癌の予防について
 これはいかに肝硬変を治療するかにかかわっている。
 その随証療法が完全であればあるほど肝癌になりにくく、不完全な随証療法の下では、肝硬変も治癒しないし、肝癌の予防にも役立たないわけである。
 現在日本で行われている肝硬変の治療には、次のようなものがある。

A、一般的随証療法
 代謝性肝硬変・非代謝性肝硬変でも、その治療方剤は大体下記のごとき方剤の範囲に限られている。即ち補中益気湯・茵蔯五苓散・小柴胡湯・桂茯丸・加味逍遥散・小柴胡湯合茵蔯五苓散・十全大補湯合茵蔯五苓散・補中益気湯合人参湯・六君子湯・人参湯等である。

B、私の随証療法
 ここ(上記の一般的随証療法)に不足する方剤は、
1)柴胡剤としては、柴胡疎肝湯加減、四逆散加減、
2)駆瘀血剤としては四物湯加減、当帰芍薬散加減、大黄牡丹皮湯、血府逐瘀湯、
3)清熱利湿剤として龍胆瀉肝湯加減、半夏瀉心湯加減、小陥胸湯加減、黄連湯加減、
4)利水剤として胃苓湯加減、補気建中湯加減、補中治湿湯加減、紫円、
5)附子の入ったものは、真武湯、茵蔯四逆湯、茯苓四逆湯、
6)駆瘀血薬について、当帰・芍薬・柴胡・丹参・三稜・莪朮・別甲・延胡索・紅花・桃仁・乾地黄で活血軟堅するのである。
私の日常臨床に於ては、肝硬変、肝癌には、三稜、莪朮を多用して効果をあげている。その実際を述べたい。

C、補脾胃について
 肝癌治療において忘れてならないのは、『金匱要略』では「上工は未病を治す」とあるように肝剋土即ち肝病が脾胃の機能的衰退を来せば治らないことになるので充分そこを配慮しなければならない。そのためには六君子湯、人参湯、補中益気湯、などを用いることになる。そこでも三稜、莪朮のような活血化瘀薬を用いる必要がある。

■〈症例報告〉弁証論治の実際

【症例1】OT、男
初診:平成5年11月14日
既往歴:1歳時、膿胸、20歳時、肺炎で死にかけた
現病歴:8年前から糖尿病といわれ、血糖値は200前後で血糖降下剤を服用している。
約5年前検診で肝炎といわれ治療していたが、最近6ヵ月間に体重が3・4㎏減少し、下肢しびれ感、耳鳴り、口渇、肩凝りがある。最近GOT 74,GPT 97,LDH 339、ALP 204、γ-GTP 186、硫酸亜鉛 112.4、チノール 4.5、総コレステロール 143
脈証:右寸関尺は弦であるが、左寸関尺は微細である。
腹証:図1の如く、肝腫大は右肋骨弓下に三横指、脾臓は左肋骨弓下に一横指腫大している。小腹不仁がある。

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治療:四逆散6gに八味丸3gを併用し様子をみていたが、3ヵ月後には肝臓は4.5肥大、脾は2.0横指大に肥大、右脇腹の疼痛がひどくなってきた(図1)。 しかも、肝臓のふれる部分では硬い凸の部分があり、肝癌を考えた。そこで方剤は四逆散加延胡索3.0、茯苓3.0、白朮3.0、莪朮3.0、三稜3.0を6週間投与した。6週間後には肝腫大は1.5、・脾腫大は1.0となったが体重は減って、全身倦怠感を訴えるので、補中益気湯に莪朮・三稜に転向した(図2)。

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この処方を15週続けてみたが再び右脇腹痛を訴え、夕方足が腫れるというので腹証してみるに、肝は4横指、脾は3横指大に腫れていた(図3)。そこで八味丸3に四逆散・茯苓4・白朮4・莪朮3.5・三稜3.5・延胡索3を投与したら4週後には肝は2横指人に、脾は触れず、足のしびれも取れ、腹痛も取れ、常に調子が良いということである(図4)。

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 要するに、
1)初めのエキス剤では効かなかった。
2)四逆散加莪朮三稜の煎剤はよく効いた。
3)補中益気湯加減の補剤を中心とした場合、完全に悪化した。
4)補中益気湯で調子のよくないことは腹証及び自覚症に現れたことである。漫然と補剤を投与してはならないことを痛感した次第である。

【症例2】30歳の肝癌疑(インターフェロン治療後)、男性
初診:平成5年(1993)年12月
現病歴:
昭和62(1987)年4月、インターフェロン600万単位
平成3年(1991)600万単位
平成4年(1992)600万単位
と3年間にわたりインターフェロンをやり、強力視ミノファーゲン注射もしたがGOT 1300になったりして余りきかなかったという。
平成5年2月超音波で1cm大の腫瘤が2個ありといわれ、アルコールブロック注射をすすめられたが、どうも信頼できないというので来院した。
脈証:左関と尺は沈細なるも、右寸関は弦である。右尺はやや沈である。
腹証:図の如く右左肋骨弓下は少し抵抗がある。しかし、下腹鼠径上部特に左側に於て圧痛と抵抗がある。右側にも少のである。11ヵ月の肝機能検査ではGPTが92であった。腹証は図の如く右肋骨弓下には少し抵抗が残っている。左下腹し圧痛がある(図5)。

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弁証:脈で左関尺が沈細であることは、肝腎の虚証を意味しているが、腹証で上腹の抵抗は柴胡の証があること、下腹は定型的四物湯証であるので、四物湯に柴胡3g、さらに駆瘀血薬として桃仁3g、莪朮3g、を投与したら約6ヵ月後にはGOT 32,GPT 59と正常になり、γ-GTP 16、硫酸亜鉛 12.6、チモール 2.7、コレステロール 166というように殆ど正常化した。
 この処方を服用すること約1年後、超音波検査では何もないということになった。腫瘤の映像はなくなったという部、鼠径上部は腸骨前上棘に近く圧痛が残っている(図6)。
 脈証は左関が少し弱いのみで、他は正常に近い脈であった。この腹証によりこの処方を更に2・3ヵ月服用すれば完全治癒ということになるだろう。

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【症例3】男、51歳
初診:平成6年6月14日
現病歴:平成6年末、軽い黄疸あり、右上腹部痛があった。
平成6年1月C・T検査で肝癌と診断された。
平成6年3月肝癌の手術をうけた。
肝左葉全剔、右葉は癌になりかかっているといわれた。
術後3ヵ月目に来院したわけであるが、心下に痞えがあり、ゲップがよく出るし、時々心下に自覚痛があるという。足の裏はいつも燃えているという。少し口渇あり、排便は1日1〜2回で軟便であるという。
既往の服用薬は、アルダクトン(降圧剤)、カスター(H2受容体拮抗剤)、ウルソサン(肝胆消化機能改善剤)、ナウゼリン(消化管運動改善剤)、ラックビ(整腸剤)
脈証:左寸関尺は微細、右尺は微、右関守は弦、足脈少陰左右ともに沈(+)、ふ陽は左右ともに緊、腎機能をみるに手脈ではかなり減退しているが、足脈は健康に近い。
腹証:上腹部圧痛が著明であり、心下痞硬がある。坐位で1.5横指肝腫大をふれる。下腹は両そ臍径部に抵抗と圧痛がある。両脇胸はつめたいが、心下の中央部及び両胸部では熱感帯がある。(図7)

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弁証
1、曖気
2、心下のつかえ(痞)と圧痛
3、心下の抵抗・圧痛
4、坐位で心下において肝臓腫大1.5横指触知
5、脈証において右寸関は弦で熱をもっている。しかし、左寸関尺は沈細で肝腎の虚衰をしめしている。
1・2・3・5によって半夏瀉心湯の証とみた。また、足裏、熱感と下腹の腹証を参考として、六味丸を兼用することにした。更に制癌効果を発揮するために、莪朮3、三稜3を加えた。これを8ヵ月運用して、調子が良いという。
平成6年5月の腹証(11ヵ月後・図8)
心下の圧痛はまだあり、下腹の圧痛は右側臍腰部に少し残っている。便通は一日1回で良い。これを続けてやるつもりである。CTは最近行ったが、癌は大きくならず、停止したままである。病名にかかわらず、随証療法の大切さを知ったわけである。

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【症例4】男、74歳
初診:平成5年3月10日(1993年)
現病歴:昭和60年(1985年)脳血栓で、右半身が麻痺したが、3ヵ月後に回復した。昭和63年(1988年)大腸癌の手術をした。しかし、平成2年(1990年)には肝臓と肺に癌転移したので、肝の左葉全摘と肺の部分切除を受けた。平成3年(1991年)肝の右葉に転移したので、手術を勧められたが断り、制癌剤を服用していたが、漢方治療を求めて来院した。
主訴:右胸脇下部に抵抗と鈍痛あり。肩こり、腰痛、膝関節痛、喘息様症と咳嗽、夜尿2回、白内障もある。
脈証:左寸関尺は沈細、主尺も沈細、左寸関は弦となっている。
腹証:左脇胸部に抵抗あり、半坐位で、触診するに肝は右葉1.5 横指硬く腫大している。圧痛もある(図9)。

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経過:この肝腫大、圧痛により、四逆散加伏苓4、白朮4、更に除痛のために延胡索3を加えた。これを約14週投与した。しかし、1993年8月に血圧172−96というふうに最低血圧も高く、後頭部痛があり、脳血栓という前歴もあるので、八物降下湯に菊花・貝母・莪朮・三稜を加え、八味丸3を兼用したら、約12週後(平成6年7月)には、162−88となった。しかし眼の充血と流涙があり、頭の湿疹が治りきらないので、明朗飲に茵蔯蒿3、莪朮3、丹参3を加え、これに調胃承気湯を兼用して今日にいたっている。C・T 検査では右葉の腫瘤は大きくならないで、癌の進行は停止している。肺には転移はない。

【症例5】58歳、女性
初診:平成6年5月20日(1994年)
現病歴:25年前、胃ポリープで出血したので、胃切除を受け輸血したが、血清肝炎をおこしたという。その後、家事に忙しく元気であったので、検査も受けず肝炎したことも忘れていたのが、平成5年末から風邪が治らず、時々咳があったが、非常に疲れ易いので、平成6年5月、呉市の某病院で検査をうけたところ肝臓が腫大していることが分かった。早速、主人の勧めで漢方治療を受けるべく来院した。
現症:体格は少し痩せているが、筋肉質で丈夫そうな体格である。舌は真っ赤であり、熱をもったようになっている。
脈証:左寸と右尺脈は沈細である。右寸・関、左尺脈は弦である。左右小陰脈は沈(−)、左右趺陽は緊(+)である。
腹証:図の如く肝腫大あり。正中線で10 cm、右肋骨弓下で8cmという風に著明に腫大している。下腹は恥骨上部は縦に2本の抵抗がある。胸には図の如く右乳、左乳に熱感帯がある(図10) 

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X線所見:右肺門部は大きく腫大している。骨盤のうち、左腸仙関節は変形がひどいが腰椎4・3には少し変形がある。
弁証論治:胸のX線所見によれば、肺門部は大きく腫れている。おそらく肺門部リンパ腺の腫張が著しいことを示しており、風邪のこじれがすでに6ヵ月に及んでいることから、このねばい痰が喉にかかり易く、睡眠も充分にとれないので、まずこの慢性気管支炎を治すことに主眼を置き『寿世保元』の竹茹温胆湯加減を投与することにした。柴胡3、竹茄3、茯苓3、麦門冬3、半夏5、香附子2、桔梗2、陳皮2、枳実2、甘草1、人参1、黄連は1.5に増やし、莪朮3、三稜3を加えた。3週間後、咳はとまり、痰が少なくなったが、肺門部腫脹所見は短期間では治らないと見て、この清熱去痰、活血化瘀剤を長期に投与することにした。即ち12週(約3ヵ月)連用した。肝腫大は肋骨弓下7cm、正中線8cmという風に小さくなってきたが、食欲はあるが食後胸の圧痛感があるというので、四逆散に茯苓・白朮・莪朮・三稜を加えて肝臓主体の処方にかえ、食後には苓桂朮甘草エキス9g、または竹茹温胆湯エキス7gを兼用することにした。
 かくして13週後には正中線は最初10cmであったことをみれば、7ヵ月足らずで正中線7cm、肋骨弓下5cm大と小さくなり驚いたわけである(図11)。下腹には小腹不仁があるので、八味丸3gを兼用し、完全に健常になるまで投与を続けるわけである。
考案:この肝硬変がこのように順調に投与方剤に反応して劇的に治癒の方向に向かっていったことは何故であろうか。それは、投与方剤の随証療法が比較的適切であったといっても、それはむしろ、永年、医療を受けないでつまらない肝炎治療による壊病的なものがなかったことが幸いしたのではないかと思っている。 

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【症例6】男、51歳
初診:平成4年3月14日
現病歴:大酒家で1本のウィスキーを2・3日で空にするという。酒を飲まないと眠れないという。1年前肝炎があるといわれた。昨年秋からアレルギー鼻炎でよく鼻水が出ていた。東京の友人も同じように鼻水があり、葛根湯エキスを服んだらよく効いだということを聞いて自分もこの葛根湯エキスを3ヵ月間毎日販んでいるが服んだとき、ちょっと鼻水がよかったので続けて飲むつもりでいた。しかし、彼の妻がこの主人が次第に痩せていき、食欲もなくなり、1日3回下痢様便を出しているのをみて、心配になり、東京のメーカー本社にこの症状を相談したら、当医院に相談しなさいということで訪れた。
現症:やせ型の活気のない、いかにも冷え症のような顔をしている。
脈証:左関・尺は沈細、右寸・尺も沈細となっている。右関と左尺は陽気が残っており、弦脈を呈している。
腹証:心下正中では3横指、右肋骨弓下で1.5横指肝腫大がある。下腹正中は小腹不仁であり冷たい(図12)。
弁証論治:下痢及び下腹冷感によって、真武湯を投与することにした。附子は1gである。これを連用するうちに1年半、肝腫大は正中線でふれなくなった。γ-GTP以外は正常になった。 

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【症例7】女、昭和9年4月生まれ
初診:昭和62年9月9日
現病歴:2年前からGOT 204、GPT 288であり、慢性肝炎といわれている。風邪のために抗生物質を5年間断続的に服用した。1カ月位微熱と咽頭痛がつづいたが、お灸で治ったことがある。今、自覚症状は余りないようだが、仕事をすれば疲れやすいという。
治療及び経過の大要
 初診から2年8ヵ月間即ち1990年5月に超音波で肝硬変といわれたがGOT はいつも100〜300、GPT 200〜600前後で安定せず、治療も効果も充分でないので悩んでいた。今、その迷いの処方内容を順次紹介してみたい。
 小柴胡湯加桔梗茵蔯蒿・加味逍遥散・小柴胡湯合当帰芍薬散・甘草瀉心湯、補中益気湯・増柴胡4.5・加霊芝3.0・山梔子2.0などそのときの証に応じて方剤を処したわけであるが、患者の自由意思で或る大病院で超音波エコーをとったら、肝硬変ありといわれたという。この時改めて腹証したところ、図の如く肝臓は正中線で2横指、脾臓も1横指腫大している(図13)。以来、ただの肝炎という考えを改めて肝硬変のつもりで治療することにした。
 しかし、その処方にも色々と迷いがあった。
1)四逆散加茯苓3、白朮3、霊芝3、別甲3、
2)四君子湯加別甲2、柴胡3、
3)当帰芍薬散加山梔子、黄連1、黄芩1、莪朮3
などを服用したが、腹証でも全くよくならず、肝臓には凹凸があり、下手すれば癌に移行するのではないかと心配して、改めて脈証をみるに左関と尺脈が微細である。これは初診以来変化していないことは腹証に於ても治らないことに気付き、改めて肝虚を捕しながら、清熱し駆瘀血することを確認したわけである。 

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 そこで、1993年7月、六味丸を兼用し、当帰芍薬散加莪朮3.5、柴胡3、黄ゴン1.5、決明子3、山梔子1.5という処方を約10ヵ月間服用している。脾もふれないで肝もわずかにふれるのみとなっていたが、その頃3年ぶりで超音波検査を受けたところ、エコーでは肝が正常化しているので、担当医から何をしにきたかと問われたという。患者日く、「3年前に肝硬変と言われたので、その後ずっと治療してきたのです」と。このような押し問答があったと言うので驚いたわけである。私から見れば、この3年間のうち、肝肥大、脾肥大が正常化する方剤を出したのは半年足らずであったわけである(図14)。これでやっと方証相対の処方構成になったのではないかと思ったのである。
 ただ、本人持参の超音波検査報告書を見るに、右腎に直径1cmの嚢胞があるという。この肝病が腹証・脈証に於て、非常に難治性であったのは、この腎疾患があったからではなかったか。昔から肝病治療にはいつも腎機能を配慮する必要があると聞いていたが、この腎嚢胞の存在による腎機能障害が治療をさまたげていたのだということがわかったわけである。
 このようにみてくると、この治療方剤は変える必要がないので、現在もこの六味丸合当帰芍薬散加減を服用し、元気でいる。 

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◎方意について
1)六味地黄丸は、熟地黄・山茱萸・山薬・茯苓・沢瀉・牡丹皮の六味であるが、腎陰虚に用いる。肝血虚に用いる熟地黄に山茱萸を配合して肝腎を補益し、茯苓と山薬で健脾利湿し、牡丹皮で涼血清熱し、沢瀉で利水する。
2)当帰芍薬散の当帰は補血と滋潤の作用があり、芍薬6.0は血虚を補い川芎3.0も血を補い、気をめぐらす。それに、茯苓4.0白朮4.0を加えて、脾胃の水をさばき、沢瀉4.0で利尿する。一般に冒眩・心悸・小便不利を治するが、この患者の腹証には下腹即ち右回盲部・左S字状部に浮腫性の抵抗がある。これが当帰芍薬散の腹証である。この当帰芍薬散に清熱薬即ち柴胡3、黄芩1.5、山梔子1.5、決明子3を用いたのは何故か。
 この患者は時々パーッとあつくなったりすることが多く、初期には牡丹皮・山梔子の入った加味逍遥散を多用したが、眼も充血し易く、山梔子のうえに更に決明子を加えた。
私は心病・肝病を治すときには眼の充血を見逃さないように、この眼と心肝を一体のものとして弁証することにしている。これに莪朮3.5を加えたことは駆瘀血の働きを強めるためにであった。

◎莪朮・三稜の薬能について
1)莪朮について
辛・苦・気・温で肝経の血分に入り、気中の血を破るといわれている。肝経の聚血を通じ、瘀を消し、通経開胃化食解毒すといわれ、破血行気薬として補脾胃薬を加えて用うとなっている。東垣は肝に限らず、心・肺・脾・腎の積にも三稜といっしょに用うとなっており、小生もこの東垣に準じた用い方をしている。特に肝癌に於ては、莪朮・三稜をいっしょに用いている場合が多い。
2)三稜について
苦・平・肝経血分に入り、血中の気を破る。または、肝経の聚血を通じ、脾経に入って、一切血瘀気結、食停、瘡便老塊、堅積を散ず、となっている。
 私は、一切の積・聚・癌に多用し、効果をあげている。

◎癌の疼痛について
1)柴胡疎肝散・四逆散加減(行気正消)
疼痛のひどいときには、これに延胡索を加える。(症例3)
除痛しながら、柴胡・芍薬・延胡索は制癌効果をもっている。一挙両得というべきである。
2)血府逐瘀湯
これには四逆散が入っている。(血瘀阻滞)
3)導痰湯・半夏白朮天麻湯(健脾燥湿・化痰止痛)
4)黄連解毒湯(熱毒による)
5)八珍湯・附子理中湯(益気養血、温補脾腎)

■総括
1)肝癌の予防は、肝硬変を予防すること、又肝硬変を出来るだけ完全な随証療法をして癌化しないようにすること、漫然と治療していては予防にはならない。
2)現在のエキス漢方を中心とした場合は、完全予防にはならない。
3)駆瘀血薬について、もっと広げる必要がある。私は出来るだけ日本漢方家にとって身近な薬物を用い、中医学の先生方のように多種のものは必要ないように思う。
4)補脾胃を忘れてはならない。
5)症例1は糖尿病と肝硬変で、補中益気湯・莪朮三稜で悪くなり、四逆散加茯苓・白朮・莪朮三稜・延胡索兼八味丸で、肋骨弓下4.5 横指大が、4週間後には肝臓は2横指人に一気に縮小し、脾臓の2横指人は消失し、著効をみた。
6)症例2は肝腫瘤(インターフェロン治療後)腹証は、ことに左右ソ径上部の圧痛抵抗を第一目標とし、四物湯に柴胡・桃仁・莪朮を加えた方剤を投与したが、1年後、超音波検査では腫瘤は完全になくなった。
7)原発性肝癌左葉全摘後、右葉も癌転移疑あり。右葉は心下に1.5横指触知したが、心下痞硬曖気により、半夏瀉心湯に莪朮三稜を加え、足裏熱感を目標として六味丸を兼用した。1年間の短期問ではあるが、少なくとも癌の進行は停止し、体調は良好ということである。
8)10年前に脳血栓、7年前に大腸癌手術。術後2年、肺肝に転移し、肺部分と肝左葉を全摘。しかし、肝右葉に転移、来院した。現在2年間、漢方治療をしているが、肝腫大と圧痛により、四逆散加茯苓白朮延胡索を14週投与し、経過順調のように見えたが、高血圧、頭痛あり、痰も多く、脳梗塞の前兆もあり、八物降下湯に菊花・貝母・莪朮・三稜を加えた方剤を約12週、更に明朗飲に茵蔯蒿3、莪朮3、丹参3を加えたりなど紆余曲折の経過をたどった。最近のCT検査では、肺転移もなく、肝腫瘤も大きくならないで停止している。
9)血清肝炎後20年放置していた肝硬変であるが、6ヵ月前から罹患した慢性気管支炎を竹茹温胆湯加莪朮三稜の随証療法を行い、約3ヵ月後から、四逆散に茯苓・白朮・莪朮・三稜を投与したら、7ヵ月後には肝腫大は半分位になった。
10)アルコール性肝炎にも真武湯証あり、大黄牡丹皮証あり、寒証・熱証の両極端と寒熱爽雑のものあり、証に応じて論治することの重要性を提示した。
11)6年3ヵ月継続治療したが、慢性肝炎は肝硬変に進行し、危うく肝癌に移行するかに見えた肝硬変を薄暮の模索の如き治療でした。証を適格にとらえることに苦労したが、改善していないことに気付き、改めて脈証と下腹の腹証によって当帰芍薬散に柴胡・黄芩・山梔子・決明子・莪朮を加えた補肝・補脾に疎肝・清熱・駆瘀血薬を加えた方剤に六味丸を兼用することによって10ヵ月後には肝硬変がなくなり、肝炎にもどってきた症例である。柴胡剤を中心とした方剤を漫然と投与していたが、2年8ヵ月後のエコー検査では肝硬変と診断され、我が治療の無力さを証明したが、更に模索することに2年余、癌化することを危慎したが、最後は脈証と腹証を見直すことによって一気に軽快していった。

諸賢の随証治療に御参考になればと思い、 小生迷いの軌跡を報告いたしました。

※昨年10月、日中学術交流会議を癌を中心としてシンポジウムを開催したが、上海中医薬大学の肝癌専門家も莪朮、三稜が最も効果ありと言ったので、所は異なっていても、結論は同じであったことに驚いた。

【掲載:『漢方の臨床』43巻6号,1996年】

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瘀血と水毒「水と血の関係」

第11回日本瘀血学会学術総会 (1992年10月)

シンポジウム“瘀血と水毒”
水と血の関係

小川新

水毒という概念は、近世の日本漢方界に於いて、特に強調されてきたように思う。

吉益南涯は、父、吉益東洞の万病一毒説を気、血、水という三証に分けて布衍した「観証弁疑」及び「気血水薬徴」を著した。現代に於いても古方派の日本漢方家に於いては、日常の弁証論治に用いられている概念である。

この気・血・水論を病機としてみるとき、気を中心として血・水の病態像を呈したり、水を中心として気・血の病態像を生じたり、血を中心として気・水の病態像を現わしている。

今、「金匱要略」をみるに、水気に関する病証としては、

  • 痙湿暍病脈証治第二では、湿家の病について述べており、方剤としては、麻黄加朮湯、麻杏薏甘湯、防已黄耆湯、桂枝附子湯、白朮附子湯、甘草附子湯がある。
  • 痰飲咳嗽病脈証并治第十二には、痰飲、懸飲、溢飲、支飲という四飲と夫々の方剤が紹介されているが、水と臓器の関係も述べられている。即ち、水在心、水在肝、水在脾、水在肺、水在腎、
  • 水気病脈証并治第十四には、心水、肝水、肺水、脾水、腎水というように表現されている。

などである。

1.水と五臓の症候

A-1:心水
其身重而少気、不得臥、煩而躁。これは、心不全の状態であり、身が重く陰部も腫れて大きくなり、呼吸困難があり、横に寝ることが出来ない。真武湯。
A-2:水在心
心下堅築し、短気し、水を飲むことを欲せず。これは、留飲というものである。甘遂半夏湯の行く所である。

B-1:肝水
腹大きく、不能自転側、脇下腹痛し、時々津液微に生じ、小便は続いて通じてはいる。これは肝硬変末期にみられるものである。柴胡疎肝湯合四苓湯の行く所か。
B-2:水在肝
肝経の留飲は脇下支満し、くしゃみすると脇腹がひきつり痛む留飲である。
小柴胡湯などの柴胡の方剤の行く所である。

C-1:肺水
其身腫、小便難、時々鴨溏。身体に浮腫があり、小便困難で、いつも鴨の糞のように軟便を排泄する。越婢加朮湯。
C-2:水在肺
吐延沫、欲飲水。肺が水飲に苦しめられるとひきつづいて唾液を吐き、口が渇き水を飲みたくなる。五苓散や甘草干姜湯の証である。

D-1;脾水
其腫大、四肢苦重、津液不生、但苦少気、小便難。脾水を患っている病人は、腹部が膨満し、隆起し、四肢が非常に重く口の中が乾き、津液がなく、息切れして、小便が困難である。実脾飲、補気健中湯の証に近い。
D-2:水在脾
少気身重、身体が沈んだように重く感じ、無理して歩けば呼吸困難を感ずる。脾虚の方剤である。六君子湯、四君子湯、苓桂朮甘湯の証のようだ。

E-1;腎水者
其腫大、臍腫、腰痛、不得搦、陰下湿、如牛鼻上汗、其足逆冷、面皮痩。腹部が膨満し、臍部が腫れて突出し、腰が痛んで、小便をするのが困難であり、外陰部は、牛の鼻の上が汗をかくようにしめっており、足が冷える。顔ははれずに痩せている。八味腎気丸の証である。
E-2;水在腎
心下悸、腎臓が水飲によって障碍されると水気が上逆して心窩部に動悸を感ずるようになる。苓桂朮甘湯、苓桂味甘湯の証である。

又痰飲として、溢飲、懸飲、支飲、寒飲等の分類があり、夫々の方剤がある。風水、皮水、裏水、黄汗など水気に関するものがあるが、これら凡ては、皆水に関することを、五臓六腋や体表に関係してのべているのみで、血との関係についてはのべていない。

2.水と血との関係について

金匱要略の水気篇(239條)

師曰、寸口脈沈而遅、沈則爲水、遅則爲寒、寒水相搏、趺陽、脈状、水穀不化、脾気衰則驚溏、胃気衰則身腫、少陽脈卑、少陰脈細、男子則小便不利、婦人則経水不通、経爲血、血不利則爲水、名曰血分

解釈

寸口の脈象が沈んでいることは、水気の病であることを示しており、遅であるのは、体内に寒邪があることを示している。寒邪と水気が一緒にあれば、趺陽の脈が代脈となる。脾気が衰え、飲食が消化出来ないのでアヒルの糞のように水分の多い便が出る。胃気も同時に衰えているので、水邪のために身体に浮腫を生ずる。趺陽の脈を骨に至るまで深くおさえてはじめふれる脈ということは、胃気と脾気共に衰えて水気の病をなしていることを示している。

さて、次の節は、「少陽脈卑、少陰脈細」となっている。この少陽の脈卑とは何を意味するのであろうか。私は、これは、手の小腸即ち寸、関、尺のうちの関脈が強大のようにみえても深く沈めて脈をみれば孔のように無力なものをいう。即ち、この卑脈は革派のことを言っているように思う。又足の少陰脈は細であり、腎気が衰えていることを示している。肝は手の関脈で肝虚を示し、腎は足の少陰脈で腎虚を示していることを教えている。何故、手の尺脈で腎虚を言わないで、足の少陰脈を証として登場させたのであるかという疑問が残るはづである。それは、私の多年の手脈、足脈の同時観察によれば、脾気は足の趺陽で、肝気は手の関脈で、腎気は足の少陰で診察することによって、脾、肝、腎の虚証を辮証しないと手脈だけでは、誤り易いことが多い。一般に日本及び中国共にこの足脈のこと、人迎のことを無視している。

次に「男子小便不利」というのは、男子の性ホルモンの機能が衰えていることを示し、「婦人則経水不通」は、生理不順ないし無月経であることを言っている。即ち、肝血が衰えて水気の病になっているが、病機から見れば、病因は血分の病ということになる。

この條文は、脾胃の虚証からきた水気病と、肝腎の虚証からきた水気病の違いを教えているものである。後段の文は肝血の病から発した水気病を教えている。脾胃の病であればこれ対する方剤を選択する。脾胃の病でおこった水気病の後に月経がなくなった場合は、脾胃を治療すれば、月経のような血の病は自然に回復する。若い女性でも、六君子湯を投与することによって5年振りに生理が恢復した症例があるが、これは、現代婦人科学の大きな盲点ともなっている。婦人科専門医が血分を中心としたホルモン学の不備に気付いて学習なさるようお願いするものである。

先述の水気篇にいう血分の病態像を我々は瘀血と呼んでいる。大切なことは、瘀血があって水気病をおこしたり、水気病によって瘀血をつくることもあるので、脈証をみる上でも、手脈のみならず、足の趺陽や少陰の脈が必要となってくるのである。それ故、張仲景師は、傷寒卒病論集の序文に於いて、「按寸、不及尺、握手、不及足、人迎、趺陽、三部不参……」という風に警鐘を鳴らしていることを想起して欲しいものである。

3.三焦論について

霊枢本輸第二には「三焦者、属腎、腎は上肺に連る。故に両臓を将とす。三焦者中涜之府也、水道出づ、膀胱に属す。これ孤之府也。是六府の所と合するもの」又、素問、霊蘭秘典論には、「三焦者、決涜之府也。水道出づ」とあるが三焦は膜原(医学正伝)を指し、上は肺・心に連なり、中焦は脾・肝に連り、下焦は腎・膀胱に連なり、各臓腑や膚表にまで影響している。

この水道に最も関係深いものは、体液即ち組織間液であるが、このような水の動きを霊枢経水編第十二には、「経脈十二者、外合十二経水、而内属於五臓六府・・・夫経水着、受水而行之、五臓者、合神気魂魄而臓之、六府者、受穀而行之、受気而揚之、経脈者、受皿而營之・・・」、また「此五臓六府十二経水者、外有源泉而、有所稟、此皆内外相貫、如環無端、人経必然」とある。

前述経水篇の言わんとする所は、経脈即ち現代医学で言う血液循環に近いものは、内部では五臓六腋に属しているが、それは外、十二経水と一緒になって五臓六腋に属して機能しているのだというのである。今、五臓六腑を中心として経脈を考えるときは、経水を忘れてはならないというのである。

4.組織間液について

私は古典でいう経水を現代医学に於ける組織間液という風に考えているので、五臓六府の循環は、組織間液を忘れては成り立たないと思っているが、これを現代生理学者として最初に提唱されたのは、故広大名誉教授、西丸和義(やすよし)氏である。

西丸氏はその著、「脈管学の基礎(体液循環の概念)」(1970年マイライフ社 出版)で、

「ハーヴェイの血液循環の概念では、心臓は中枢で、末梢は毛細血管である。しかし、体液循環の立場からは、末梢は組織間すなわち結合織、組織腔、器管溝である。体液とは、血液、組織液、リンパ液のことで、これが心臓から心臓へと脈管と組織間を流れ、全身を循環するものである。この流れは主として心臓ならびに脈管壁とその周囲組織との収縮性に基因する水力学的圧差ならびに膠質滲透圧による体液の流れにほかならない」

と述べている。

この西丸学説はこの経水の世界を完全に証明したとはいえないまでも、漢方家や、針灸家が経脈や臓腑に偏って観察し、他方現代医学者が、大小循環、微小循環のみに偏って観察治療しながら、誤った治療医学を構築していることへの警鐘である。

【注】西丸和義: 広島大名誉教授/日本脈管学会の創設者/医博/平成2年5月15日卒/参照:「医人伝」広島医学Vol.57,No.7,2004/西丸和義先生と小川新に関する記事:広島市医師会HPから[PDF]

 

5.三焦図について(図1)

Sanshozu1

これは、経水が、経脈と一緒になって、心、小腸、肺・大腸の上焦、肝・胆、脾・胃の中焦、腎・膀胱、命門・相火の下焦に働いている生理機能を表現したものである。五臓六府の寒熱を考える際に必要缺くべからざる経水の世界を三焦という概念でまとめたものである。

この通路を古典医学では、膜原(医学正傳)と言ったが、私は腔、溝、結合織、脈管周囲腔のような組織間であり、ここに体液流があるという風に考えているものである。

この三焦と臓腑との関係を古典的表現法で説明するならば、次のごとくになる。三焦は五臓六腑と連系し、上・下・左・右に交通する組織間液の通路である。邪 が表から入り、三焦を経由して臓腋に内伝し、心⇔肺、肝⇔脾、腎⇔命門という風に横方向に伝変するものと、又、邪を上に受けると、三焦を経由して次第に下 方に向い、又、中焦、下焦から上方に向い縦方向に傳変するものとがある。則ち縦方向の形式は、上焦⇔中焦⇔下焦⇔上焦⇔....という風に伝変するもので ある。
中焦下焦この図は、円形の中で、この上下、左右の伝変を説明しようとしたものである。

 

6. 臨床の実際

    (略)

7.総括

  1. 水毒という概念が意味を持つためには、古典医学に於ける水即ち体液とは何かということを解明する必要がある。そこで、金匱要略の水気に関する湿家の病、痰飲、咳嗽病と臓器の関係、更に水気病脈証第14の心水、汗水、肺水、脾水、腎水と痰飲、咳嗽病第12の、水在心、水在肝、水在肺、水在脾、水柱腎の内容を比較解説し、その方剤を紹介した。
  2. 次に水気篇に於ける寸口、趺陽、関、少陰の脈を紹介したが、それは、脾胃の気の虚衰による軟便と身体の浮腫と、肝血、腎の虚衰による小便不利、月経不通即ち血分の病とをのべている。それは、肝血虚衰を中心とした水気の病証と、脾胃を中心とした水気病との鑑別が大切であるからである。臨床の実際に於いては、血分の病いの水気病であっても、水気病を先きに治療する場合も多く、瘀血があっても、水気病から治療〕まじめねば実効がないからである。
  3. 三焦論についてのべた。五臓六腑の瘀血を論ずる場合には、経脈のみならず、経水を考えねばならないことを強調した。心臓、大血管、微小循環という単純な循環理論ではなくて、体液循環の立場から結合織、組織腔、器管溝という立場から、五臓六脆をはじめ、脳脊髄腔、関節腔、胸腹膜腔など身体全体を考え直す必要があることを強調した。
  4. 私の考えている三焦論の一部を図説してみた。これは小生の創案であるが、不備なところも多く、読者諸賢によって、補正いただくことをお願いする積りである。この図は生理的状態を説明したもので、邪が三焦を経由して、縦方向、横方向に博愛する病態像は面かれていない。
  5. 瘀血と水が関係する臨床の実際を2つの症例で提示した。この中で、足脈の趺陽と少陰脈が瘀血性腹証と関聯深いことを述べた。今日、伝統医学を学習する我々にとって、手脈、足脈、胸腹証の厳しい習練が必要であることを痛感する。

8.結語

嘗って、吉益東洞は、病人の七、八割は水を治することにあると言ったが、我々は、体液の停滞の奥にひそむ瘀血の存在を出来るだけ精確に理解しながら治療医学に役立てることが必要である。
それは、五臓六腋の全疾患という非常に広範囲に亘る領域であり、癌をはじめとする難病の治療にとっても最大のテーマであるからである。

[OGAWA Arata_1992/10/1]

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『傷寒論』『金匱要略』を軸とした弁証論治の世界

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漢方の臨床 39卷3号 (1992年3月)
『傷寒論』『金匱要略』を軸とした弁証論治の世界
小川新(Ogawa Arata/1991)

目次

私の漢方医学の弁証法と治療について

1. 弁証論治(模型)の実例

2. 症例

  症例1.    柴胡四物湯(小柴胡湯と四物湯との合方)
  症例2.   四逆散と四物湯の合方及び桃核承気丸の兼用
  症例3.   温清飲
  症例4.   四物湯加柴胡合猪苓湯兼用桃核承気丸
  症例5.   龍胆瀉肝湯兼桃核承気丸(潤腸湯加夏枯草)
  症例6.   炙甘草湯
  症例7.   加味逍遥散
  症例8.   巫神湯
  症例9.   風引湯合柴胡桂枝湯
  症例10. 風引湯合柴胡桂枝湯
  症例11. 風引湯合柴胡加竜骨牡蠣湯
  症例12. 枳実薤白桂枝湯兼八昧丸
  症例13. 千金当帰湯

3. 総括

4. 結語

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四物湯及び類方の腹証

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本語版」

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第4回瘀血総合科学研究会_1985年
四物湯及び類方の腹証
小川新

四物湯の腹証は老若男女を問わず甚だ多いにも拘らず、日本漢方界の古方家に無視されている傾向がある。

目次
1. はじめに
2. 四物湯の文献的考察
3. 症例による四物湯腹証の概要
4. 定型的四物湯の腹証について
5. 桃核承気湯との鑑別について
6. 加減法について
  『医方集解』にみる加減
7. 腹証を基礎として加減した随証療法について
  1) 加茯苓白朮沢瀉例
  2) 加猪苓沢瀉例
  3) 加艾葉阿膠例
8.合方ないし兼用した随証療法について
  (四物湯併証の腹証について)
  (1)下腹について
   1) 猪苓湯との合方
   2) 桃核承気丸兼用
  (2) 上腹について
   A. 心下に腹証の異常があるとき
    1) 四物湯との合方
    2) 補気建中湯との合方
    3) 柴芍六君子湯との合方
   B. 胸脇に腹証異常があるとき
    1) 小柴胡湯との合方
    2) 四逆散との合方兼桃核承気丸
  (3)三焦の清熱を目的とするとき
    1) 温清飲
    2) 柴胡清肝散(一貫堂)
    3) 龍胆瀉肝湯(薛己)
    4) 龍胆瀉肝湯(一貫堂)
    5) 清肺四物湯(小川新命名)
9. 総括
10. 結語

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