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Illnesses Caused by A-bomb Radiation and Folk Remedies for them

November 1989

Illnesses Caused by A-bomb Radiation and Folk Remedies for them
-Wisdom of Folkway -

OGAWA Arata Ph.D./小川新(医学博士)

Contents
Preface   
1. Death Rate

2. Symptoms of Initial Radiation Damage

(1) Vomiting, Nausea, Anorexia   
(2) Diarrhea   
(3) Purpura of Petechia   
(4) Epilation   
(5) The Oral Pharynx Focus   
(6) Bleeding   
(7) Fever
 
3. Medical Treatment of Modern Western Medicine at an Early Stage
(1) Burn and External Injury   
(2) Guides on Remedy given by Prof. Tsuzuki. (September 3, 1945)   
1) Severely wounded (leucocyte count less than 1000 )   
2) Slightly wounded ( epilation, oralinfection, diarrhea, leucocyte count over 1,000)   
3) Mildly wounded ( light epilation, diarrhea and gingivitis)   
(3) Report on Medical Treatment for the Injured at Early Stage:   
The acute period (up to the second week)   

4. Folk Remedies
(1) Folk Medicine   
(2) From the local press   
(3) A Relief Report by Prof. Nagai (from August to October 1945)   
(4) Explanation of my Research Data on Folk Remedies   

5. Descriptions of “Folk” Remedy and Medicine
6. Description of Folk Medicines and Cases Treated with
 
(1) Houttuyniae Herba (Juyaku)   
(2) Leaves of Cinnamomum Camphora Herb   
Case of 18 years old young man   
(3) Leaves of the Japanese Persimmon Herb   
(4) Cipangopal Udina Herb   
(5) Salt Water   

7. Fresh Vegetables and Fruits   
8. Moxibustion
 
(1) Symptoms on Oral Cavity, Stomach, and Intestine. (with diarrhea)   
(2) Acute Radiation Disease   

9. Vomiting Method
10. The Concept of the Poison (drugs) and the Actual Treatment
11. Problems of Late Appearing Disorders from Radiation (illustration by examples)
12. Summary
Conclusion

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原子爆弾傷、特に原爆症に対する民間療法「伝承の英智」(改訂)

(改訂)主な改訂:「放射能」を「放射線」「放射性物質」などと改めた (by_ささふね)

〈核戦争防止国際医師会議[IPPNW]広島大会_特別発言・1989年10月〉 
原子爆弾傷、特に原爆症に対する民間療法「伝承の英智」

小川新(広島・医師)

もくじ

序   
1. 死亡率   
2. 一次の放射線・放射性物質による被曝による障害の症状(日米合同調査団の資料による)   
 (1)悪心 嘔吐 食思不振   
 (2)下痢   
 (3)出血斑ないし点状出血   
 (4)脱毛   
 (5)口腔咽頭病巣   
 (6)出血   
 (7)発熱   
3. 早期西洋医学的治療   
 (1)熱傷、外傷   
 (2)都築博士治療指針(昭和20年9月3日)   
 (3)早期治療報告(直後から二週間)   
4. 民間療法   
 (1)民間薬とは   
 (2)都築博士を囲む座談会(昭和20年9月11日)   
 (3)永井博士救護報告   
 (4)私の資料内容   
5. 被爆民間療法の種類及び民間薬について   
6. 民間薬の種類と症例   
 (1)ドクダミ(重薬)   
 (2)楠の木の葉   
 (3)柿の葉   
 (4)田螺(タニシ)   
 (5)塩水   
7. 生野菜及び果物について   
 (1)被爆医師の言葉   
 (2)被爆薬剤師の言葉   
8. 灸法   
9. 吐法について   
10. 毒という概念と治癒の実際、吉益束洞のこと   
11. 後障害の問題   
12. 総括   
結語   
〈文献〉 

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1945年昭和20年8月6日、広島において人が人を殺害する原子の核分裂エネルギーによる爆発物の最初の経験をしたが、その苦しみ、悲しみ、嘆きは真に筆舌に尽くし難く人類の一大悲劇である。・・・

・・・家屋の倒壊は免れたので、多くの市内で被爆した縁者たちが身を寄せていた。被爆直後(初期)は無傷であった彼らも、脱毛、発熱、皮膚出血、発熱、歯齦出血、下血しながら、口の中は壊疸性潰瘍となり、8月下旬から9月初旬にかけて次々と亡くなっていった。いわゆる第二期のもの即ち、被爆後2週目位から発症するもので、死亡するものが非常に多かった。

医薬品としては、ブドウ糖一本でも貴重であり、火傷に用いる油類、リバノール、マーキュロクロームなどの外は、包帯類もない状態だった。赤十字国際委員会駐日主席代表のマルセル・ジュノー博士(Dr. Marcel Junod:1904-1961:スイスの医学者)が来広し、原爆被害の惨状を知ると直ちに連合軍司令部に医薬品の提供を要請したことによって、やっと医療らしいことが出来たのは、9月20日過ぎであった。

それ故、野山の一木一草、薬になるものなら何でもよいという状況であり、医薬品を求める人々の願いはまことに切実であったが、私達医師は為す術もないという状態であった。

・・・このような極悪な医療環境の中で、言い換えれば民間療法というか、伝承の智恵による医法しかないような状況下で行われた治療法であったことを銘記していただきたい。それは殆ど医師とは関わりなく行われたもので、表の医学・医療ではなく、アンダーグランドの医療であったので、医師を中心とした原爆医療に於いては、全く無視されてきた分野である。この隠れた医療の智恵を直接大衆から聞いてみたいと思つつこの三十年が過ぎていった。

・・・次第に何か他の方法で一般大衆から直接体験の情報を得るしか方法がないという思いに至った。しかし年数を経るにつれ生存者は少なくなり、被爆の体験は風化の一途をたどるばかりある。一刻も早く記録に残こさねばと思っていた。

そんな折り、幸いな事に広島の中国新聞社の山内記者が、私のこの思いを理解して下さり新聞報道されることとなった。即日被爆者およびその縁者の方々より体験情報が寄せられ、今回発表の内容となったわけです。

現今でも原子力発電事故などの放射線障害・放射性物質による被曝の障害は、我々の身近にもあり、そして人類が人類の身をもって行った多数の犠牲者の冥福を析るためにも、寄せられた貴重な経験を将来の人類の健康に役立てようと思いこの論文を書いた。

なおこの論文は、核戦争防止国際医師会議[IPPNW]広島大会で講演するため東洋医学の知識に乏しい西洋医学を主体とした欧米の医師達のための啓蒙論文であることをご理解いただきたい。

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昭和20年8月、被爆した楠木

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昭和20年8月、被爆した楠木

■広島流川教会の被爆楠木

Hibaku_kusunoki1

Hibaku_kusunoki2

(小川早苗所蔵)

昭和二十年八月六日 
広島原子爆弾記念

此樹幹は楠木にして 
もと広島流川教会の園在に繁茂しありしが 
原爆に依り焼けて枯死せし事なり 
其の樹幹半面の黒焦げたるは 
原爆中心地に向へる面なり

仝教会谷本清牧師は
昭和二十三年十月渡米し昭和二十五年一月帰国せられたるが
其の間米国各地を行脚し原爆講演を続けられしなり 
其の渡米に際しこの楠板を携行して彼地にて十字架を製作して彼地の教会に寄贈せられしとなり

  昭和二十五年一月
  小川早苗誌

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