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瘀血および瘀血関連の腹証について

瘀血研究 第2回瘀血総合科学研究会(1981年)

瘀血および瘀血関連の腹証について

小川新(OGAWA Arata)

目次
1. はじめに
2. 腹証研究の問題点
 2-1)法則性について
 2-2)毒の存在について
 2-3)腹証における時の問題
3. 私の腹証研究法
4. 瘀血および上腹部関連腹証について
 4-1)古典における瘀血腹証の他覚的表現
 4-2)『腹証奇覧』および『奇覧翼』の桃核承気湯腹証
 4-3)桂枝茯苓丸について
 4-4)臍傍抵抗に対する私見
 4-5)腹証の併存性について
 4-6)上腹部ないし心下の腹証について
5. むすび

 1. はじめに

瘀血の腹証については、第1回の瘀血総合科研究会(1980年)で略述し、その内容は『瘀血研究、第1回瘀血総合科学研究会 講演記録集』(1982年発行)にまとめたが、腹証というものを図示する事は、図を書く個人によってその書き方に個人的な特徴や癖があるために、これを客 観的な物にするには一定の約束符号を作らなければならない。その上、抵抗の硬さを三段階に分けるとか、抵抗の部位の深さを、深、浅に区分し、圧痛の程度、 表皮の浮腫、滑、潤、色調の異常、艶の有無、抵抗の辺縁境界の鮮明度等を1枚の図に表現することは甚だ困難である。そこで、図の不備を補うために、文字を 使って言葉としてその実際を伝えようと努力するわけである。

このような表現することの困難さの上に、触診という手で触れる感覚的技術で把 握する世界であるから、それが客観的事実として一定の規準的情報となるためには、六部定位の脈診ほどの困難さはないにしても、そこには年月を経た修練が必要なことはもちろんである。ある程度の修練なくしては、図そのものを頭で理解することはできても、実際に当っては充分会得できないし、原著者の心を理解し 難いのではないかと思われる。
それは『腹証奇覧』や『腹証奇覧翼』のような古典を読む上においても同様のことが言えるように思う。

2. 腹証研究の問題点

2-1)法則性について
現在までの日本漢方界の腹証は、空間的な場における触診的所見を証として把握し、その証に対して方剤を投与し、治癒 せしむることによって、その証の精確さを確かめながら研究を進めてきたものであるが、腹証の研究そのものに、法則性を求めるという姿勢が欠けていたように 思われる。

その点、稲葉文礼や和久田叔虎は、そこに法則性を求めて研究を進めてきたことが伺われる。

稲葉文礼が『腹証奇 覧』において桂枝湯の腹証をその第一に掲げて、桂枝湯去加方の腹証について略述し、和久田叔虎は『腹証奇覧翼』の初編において、まず桂枝湯、気上衝腹拘急 の図、桂枝加芍薬湯図、小建中湯図、当帰四逆湯という順序で腹証の解説を展開している様子を見れば、ご理解いただけるのではないかと思う。

2-2)毒の存在について
万 病は胸腹の毒に根ざすという考えのもとに毒の所在、毒の実態を求めて研究するという素朴ではあるが最も大切な実態の認識に欠けているように思う。多くの研 究者は、それは過去のことであり、現代の日進月歩の科学的な技術によって大体のところは解明されているように自ら誤認していることに気付かないでいる。

そ の点文礼は、胸腹の毒、凝結し、脊に著くもの、諸証毒の交発するものの図等、単に○○証という表現をとらず、証毒という表現を用いている。また叔虎は、 『腹証奇覧翼』の初篇上冊において腹中動気所在分属図のあと、腹中諸塊分弁図を2頁にわたり図示し、弁ならびに治を詳述している。

彼の言わんとするは、私の場合とよく似たところがあるので、私のこの論文を理解しやすくするために、彼の言わんとするところを略述してみたい。このことについての実際は別の機会に詳述するつもりである。

彼のよく使う言葉の中に、癥(チョウ)、癖(へキ)、瘕(カ)、塊という文字がある。

「今、愚按を附して其の証を載す。
一に曰く、食塊。左右脇下にあらわる。肉食の癥瘕は心胸間に在りとす。又宿食の結瘕はは上脘にありとす。
二に曰く、風塊、
三に曰く気塊。左右脇下肝経の辺にあらわる。気欝(うつ)すれば瘀汁ここに凝滞して積聚をなす。
四に曰く血塊。左の少腹にあらわる。余が験するもの、脇下、臍の四辺及び左右の小腹にもある。
五に曰く胎妊塊。
六に曰く水塊。右の小腹臍傍にあらわる。愚案。小便不利の塊なり、或いは此の辺に結聚するもの。久寒の毒多し。
七に曰く燥屎塊。右小腹股際の上にあらわる。愚按、その形磊砢として、宛も嚢中の石を採るが如し、此の辺に結集するもの亦久寒の毒あり、形を以て分つべし」。

この7種の他に、次のごとく述べている。

「或る人曰く『右の脇下に塊ありて、心下へさし込み痛むもの、食毒。酒毒。小児は胎毒なり』と。曰く飲癖『此れ留飲の結癖なり、水塊に属す、之を捫すれば、水聲を聞く。左右脇下に在り、又、心下堅く大きさ盤の如しと言うも、水飲の作す所なれば、飲癖の類なるべし』と」。

以上のように腹中諸塊を述べているが、現在の日本漢方界はこの諸塊を見失っている。

私 は臨床の場においてこれを確かめてみたが、なる程と思うことが多くある。彼の言うことが全て正しいとは思ってはいないが、彼の言う食塊、生肉塊、血塊、水 塊、水飲癖を無視しては、正しい腹証が成り立たない。またそれなしでは、法を仲景に取って証を審らかにして治すと言っても、腹証の見方が不十分ではないの か。
吉益東洞が家塾方として、『傷寒論』、『金匱要略』にない丸散方を多く兼用していることは、この点に気付いていたものと思われる。東洞医学の 全容を見ることなく、ただ短絡的に『類聚方』や『薬徴』を読んでも彼の真意は理解できないであろう。このような意味で、東洞の万病一毒論を理解する人が少ないことを嘆くものの一人である。

2-3)腹証における時の問題

腹証と雖も、過去を含めた現在の証の一つであることは自明の理である。
 
腹証は現在の腹壁の状態を見たり触れたりして把握する漢方的四診の一つであり、証を理解する情報系の一つであるが、現在に至るまでの過去の経過を問診することなしに理解することができるような証の見方をしなければならない。

ただ漫然と腹を見ては、腹証を見たことにならないように思う。しかし、われわれ初心の者には、それは必ずしも容易なことではないが、どのようにして、これを会得することができるようになるのであろうか。

3. 私の腹証研究法

(1)できるだけ忠実に、あるがままの腹壁反応を自分の手で図を書き、記録すること。この記録は、自らに厳しい見方をするようになるので、絵画の世界のデッサンのごとく大切である。

(2)次回の診察のときには、何処が、どのように変化してきたかを忠実に観察すること。すなわち、時間的経過による腹証の変化を把握することによって、腹証の新・旧・主・客が理解できるようになる。

(3)腹証を、頸から腰、臀にまたがる背診によって、確かめること。

(4) 背診および腹診を、椎体、骨盤のX線像を参考にしながら理解する。これは私の18~9年来の診察方法で、椎体性腹背診と自称しているものであり、現在まで のところ、約3万余人に実施しているが、胸腹証の新旧の判定および隠れた証を見逃さないようにすることは疾患の予後の判定に非常に有用であると思う。

(5)『傷寒論』に言う脈状診と、『難経』系の六部定位の脈診および足脈診、人迎脈診による臓腑経絡診を参考としながら、腹証を見、また逆に腹証から脈診を見るようにすること、すなわち脈診腹診が一致するように修練することも必要である。

(6) 腹証以外の証を参考にしながら、腹証を証として、弁証の中に取ったり、捨てたりすること、すなわち腹証を見て、証を決定する場合、大切なことは、それを現 在の証として捨てることも心要である。そうしないと、腹証の判定のみならず、総合的証の決定に迷いの影を及ぼすことになる。

    以上、非常に大まかであるが、私の日常考え実行していることの一端を申し述べた。

4. 瘀血および上腹部関連腹証について

私は、瘀血とは局所または下腹部における静脈鬱滞を主体とした循環障害であるというふうに理解する立場をとっているが、本編の主題は下腹部瘀血であり、古典にいう瘀血の証が充たされてなくとも、臍傍および臍以下の下腹部、すなわち鼠径部、恥骨部に至るまでの間に、触知される瘀血性病変を全て、瘀血の在存ありと見る立場をとっている。
その瘀血性病変とは、腹腔内腫瘤、腹膜外の骨盤諸臓器の腫瘤のみならず、腹壁の表皮から腹膜に至るまでの間の組織に、異常抵抗ないし無抵抗があったり、異常な筋緊張、表皮における色、艶、滑、濇、浮腫等の変化を指している。

4-1)古典における瘀血腹証の他覚的表現
腹に他覚的表現としては、
(1)癥瘕 :『金匱要略』婦人妊娠病篇に婦人癥病あり。「癥瘕害を為す、当に某の癥をを下すべし。」桂枝茯苓丸の適応証となっている。
(2)少腹不仁:『金匱要略』中風歴節痛篇に、「崔氏八味丸、少腹下仁」。
(3)少腹拘急:『金匱要略』血痺虚労病篇に、「虚労腰痛、少腹拘急、小便不利者、八味腎気丸主之。」
(4)膀胱満急: 『金匱要略』婦人雑病篇に、「婦人経水不利下、抵当湯を主る。亦男子膀胱満急。」
(5)少腹硬満 :『傷寒論』太陽病中篇、「熱下焦に在り、少腹當に、硬満すべし、瘀熱熱裏に在る故なり、抵当湯主之。」
(6)少腹裏急: 『金匱要略』婦人雑病、「少腹裏急、腹満、手掌煩熱、唇口乾燥、當温経湯主之。」
(7)少腹急結: 『傷寒論』太陽病中篇、「外解已、但少腹急結者乃之を改むべし。桃核承気湯に宣し。」
以上の7種の腹証を記載しているのみで、その表現ははなはだ少ない。

一方、腹における自覚症としては、
(1)当帰芍薬散の婦人腹中諸病㽲痛
(2)大黄庶虫丸の腹満
(3)土瓜根散の少腹満痛
(4)芎帰帰膠艾湯の妊娠腹中痛
(5)抵当丸の少腹満。
の5種類しか、古典に記載されていない。
    
以上、自、他覚症状を述べたが、いずれも極めて簡略のものである。今、われわれが瘀血の腹証として取り扱っている範囲は、これに比すれば、遥かに広い範囲に及んでいることが解る。

4-2)『腹証奇覧』および『奇覧翼』の桃核承気湯腹証
『腹証奇覧』および『奇覧翼』の桃核承気湯腹証について文礼は、

「少腹に急結有りて上衝し、悪血深し、諸々の久病を思うる者に、此の証多くあり、数多の病名に拘らず、只此の腹証を根として、此の方剤を極め、少腹急結の病毒を攻るなり」

と言っているが、現代医学の一大盲点は、このように攻め下す方剤を用いて病を治することを、あまりにも無視しているところにあるように思う。

この湯ないし丸剤を、主剤ないし兼用剤として、攻めることによって各種の病毒を除去することが必要な患者は、いかなる病名のもとにあっても、はなはだ多い。

私の日常臨床の場においては、桂枝茯苓丸とともに最も多用される方剤となっている。

稲葉文礼はまた、

「余 が、諸州遊歴二十余年の間、並に、門人も此の腹診を以って、病痾を治すること、挙げて、数え難きを以ってなり」とも言っているが、彼は桃核承気湯を湯としてのみならず、これに蕎麦を加えて細末として、蜜をもって練って丸剤を作り、桃軍円として、「此の方、永久に用いざれば、沈痾を治すること能ばず」

と言って、この丸剤を多用しているが、私はこれを桃核承気丸という名で日常臨床に多く用いている。

文 礼は、『腹証奇覧』前編上冊において、桃軍円の証として2つの図(1・2)を挙げているが、彼は少腹を膝より以下とばかり考えずに、臍傍より左右少しばか り上の所までを少腹としたので、今日、われわれが常識的に、左下腹のみに急結性抵抗を触知し得た場合のみにかかわっているのと、大いに考え方を異にしてい る。すなわち彼は、図1において、臍傍ないしは少し上に按して痛むものと言っている。

また図2においては、直腹筋外縁と思われる部位に、

「紐の様にふれて按するに痛むもの。其の腹軟らかにして 知れ難し、心を鎮めて探り、求むべし。凡て、此の証、毒の肯綮にあたりたる時は、大いに下血することあり、驚くべからず、然りと雖も、世医これらの証に至 りては、腹証を審かにせざる故に治を取ること能わず、終身の患を抱かしめ、又は治せずして、夭死に及ぼしむ。豈、哀しからずや、凡そ此の方の証、世に甚だ多きものにして、余、数百人を治して後、其の効を言うものなれば、容ること有るべからず。」

と、その自信の程を示している。

そして、後編下冊、桃核承気湯、少腹急結之図(図3)において、

「前編ニ図スルトコロノ桃軍円ハ臍上急結シテ胸脇二逆満スルモノ所謂血癪アルヒハ肝癪ナトイフモノニ多シ。比ノ図ハタダチニ少腹急結ノ甚シキモノラ挙ク、是亦シラズンバアルヘカラズ、前編1図説ト併セ見ルベシ」

と 言っているが、確かに彼の言うごとく、桃核承気湯を用いる証は、少腹急結の甚だしいときには絶対適応と考えてよいが、少腹急結の旧いもの程左の臍傍の下から、さらに臍傍上にまで及び、さらには脇下に至るまで異常抵抗を持っているものが多いことを忘れてはならない。主として左季肋下部に自、他覚症を持ってい るので、胃ないし膵臓の疾患と、誤りやすいことを、銘記すべきである。

このような場合はよく見ると、左臍傍より下の部において、急結性抵抗があるが、旧くなるほど圧痛は軽くみえるが、深いので、見逃しやすいわけである。新しい少腹急結ほど圧痛は甚だしく、時には自覚症を伴うものであるから、見付け易いわけである。

例 えば、三叉神経痛で日夜苦しんでいる老婦人の場合など、一見軽い急結性抵抗があり、左脇下の抵抗もわずかにあるのみで、三叉神経痛を起こし、あらゆる治療 をしても治らないと言っている。これなどは古い急結性抵抗で、その影響は左直腹筋の外縁に治って上衝し、左季助下(胸脇血積)から肩凝りを起こし、顔面の 疼痛というふうに、経絡に沿って影響した結果であるから、この腹症を無視しては、治療医学は成り立たないのに、三叉神経の局所のみを追求し、治療している現状は、愚者の迷いとしか言いようがないように思う。

一般に、若い人の急結性抵抗は圧痛は激しく、老人になる程に圧痛が軽くなるので、病態として軽症のように見なしやすいが、その見方は正反対である。

図4は、和久田叔虎の『奇覧翼』三編下冊の図であるが、曰く、

「図の如く、左の臍傍、天枢の辺より上、下、二、三の間、三指探り按するに、結するものある得、之を邪按するに、痛み甚だしく、上へ引きつり痛む事を覚えるものを、桃核承気湯の腹証とす。

或は臍上、或は、臍下も亦結ばるるものありて之を按じて痛むと雖も、左の臍傍に得るものを以て正侯として、臍上臍下に及ぶものは、其の結の甚だしきものと知るべし。

但し、之を按じて結ぶものを得ると雖も、痛み覚えざる者は、急結にあらず、又、之を按じて、痛み甚だしいと雖も、其の結ぶもの指頭に萸(ナン)なる きみを覚えるのものは、血結と雖も、此の方の証にあらず、又、之を投じて、痛み腰脊小腹に引くものは、此の証あらず。当帰建中湯、当帰芍薬散、芎帰膠艾 湯、猪苓湯の類の腹証とまぎれ易し、各方に委しくす、且つ其の結、大小有りて、一定するべからず、蒼卒に診過すべからず。

此の結、乃ち瘀血にして、胸腹に逆上す、甚だしきものは、脇下に迫り、胸脇より脊に徹して痛む、其の証発作あり。
男女を問わず肝積と称して、左の肝経を攻めのぼるもの、此の証多し…。

この方、甘草多くして急をゆるめ、大黄、芒硝、相和して、凝血を耎(やわら)げ、桃仁を以て、之を血分に及ぼして、其の血を破り、桂枝を以て、血気の上衝を平低す。相和して急結の血証、衝逆し狂の如きを治するの意見るべし。

此れ本文(『傷寒論』)の主意は、表証血証を兼ねるものを治するの法を示すのみにして、其の熱血相結ぶの緩急あるに於けるものとす。

若しくは、血証劇しきものに至りては、外解するを待つべからず」。

以上、文礼と叔虎の考え方を参考までに紹介したが、その師弟の間に流れる一貫した考え方の特徴は、急結を左少腹に限定しないで、臍傍ないし臍傍上に 及ぶものをも含めていることであり、文礼は、左臍傍から左胸脇にかけて紐状のものありと言い、叔虎は左脇下の肝積に至るまでの血結性抵抗を含めている。

顧みるに、現在の日本漢方界における少腹急結は、その考え方からそうであるように、証図においても、左下腹の急結にのみこだわってこの方の運用が充分に理解されていないように思う。

そう言う私自身次に述べる症例の経験の中で、初めて文礼、叔虎の言わんとするところが真実であることに気付いたわけである。それは第1回『瘀血研究』瘀血総合科学研究会講演記録集一の99頁をご参照下さればご理解いただけると思う。

確 かに文礼の言うように、耎い腹壁であっても、深く按じて、左臍傍上から脇下にかけて直腹筋外縁とほぼ一致した所に細く縦長い筋(すじ)と圧痛を触れること があること、また叔虎の言う図のような形の抵抗があり、桃核承気湯で治癒するもののあることは、かなり経験してきたところである。

症例1、症例2 (略)

4-3)桂枝茯苓丸について
稲葉文礼によれば、これに大黄、当帰を加えたものが癥痼円である。私達は桂苓丸加大黄を日常用いている。
私は癥痼円を用いた経験はないが、当帰一味の駆瘀血作用はこの方剤においては、大勢にあまり関係ないように思われるので、癥痼円の図10を参考に研究したものである。
日く「図の如くを臍を巡りて動あり、これ所謂、胎動なり。天下の人、十に六七はこの患有らざる事なし。病未だ発せざるうちは、さまでに患い煩うことなけれど も、若し此の病発するときは、世に所謂、中風、労瘵等の患をなす。欝々として心煩上衝し、起てば即ち、頭眩し、或は肉瞤筋惕、小便不利、血証等の諸症を顕 す。一に皆、胎動を以って準拠として、此の証を極むべし。甚だしきものは、胎動上りて心胸に迫るを覚う。是れ所謂奔豚気なり、之を診うの伝、中指の本筋を 臍穴に当て、指頭をかけて按すこと、或は重く、或は軽くすれば、胎動なるもの臍底より到るを考うべし」と言っている。

確かに文礼の言うごとく、この胎動なるものは、10人の内、6~7人というごとく、多くの人にあるものであるが、私はこの胎動を見ることはしないで、臍の上下左右、すなわち周辺を触診してみるに、異常抵抗が10人中6~7人に証明されることをみている。
も ちろん、前述の少腹急結も膀胱部抵抗も、これらの腹証が陳久になって、それによる障害が深くなり、広く拡がる程に、この済の周辺の瘀血性抵抗も拡がってい くことは、慢性難治性雑病においては、大多数の症例において見られるものである。また、単純に、臍周辺のみの軽い抵抗は、日常健康人と思われている人に実 に多い。

さて、これは何を意味するものであろうか。
これについては、婦人科医、勝田正泰氏の臨床的実験がある。氏によれば、膝関節の内側屈曲部に当る肝系の経穴、血海という所を刺激すれば、臍の左右両側にみられる軽い抵抗は、即座に消退するものが多いというのである。
私も氏の臨床実験と同意見であるが、それには一定の条件がある。
前述のごとく、少腹急結や、膀胱部抵抗と関連するものは、陳久性であり、経穴、血海の一時的の刺激によって直ちに消退するというようなものではない。
このことは、前述、桃核承気湯証の腹証図をご覧下されば容易に理解できることである。
その他、この臍周辺の抵抗を伴う腹証としては、当帰芍薬散、当帰四逆湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、大柴胡湯、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯、抑肝散、大黄附子 湯、八味丸、桂枝加苓朮附湯等の腹証があるが、これちはそれぞれの腹証が主体となっているので、それに応じた治療をしなければならないわけである。

4-4)臍傍抵抗に対する私見
この抵抗の中に、気血水の病態を読みながら、日常臨床を行なっている。すなわち、
(1)正中線(任脈)の臍のすぐ下方における抵抗は、主として血分による変化が多く、それは、下方、膀胱、恥骨に向かう程、その傾向は強くなり、瘀血として古いものが多いようである。(当帰芍薬散、桂苓丸、下瘀血湯、抵当丸)。
(2)次に正中線(任脈)の臍のすぐ上の方、経穴、水分、下脘ににむけての抵抗は主として水分の停滞によるものが主体となっている。しかし、それは臍傍および下腹部における瘀血性抵抗の影響によるものが多く、単純にこれのみというものは少ない。
(3) 臍の横、左右の抵抗も下腹、特に左右下腹部の瘀血性抵抗とともに存在し、その影響が水滞として現われるものが多く、臍傍のみの軽い抵抗は、気の影響による 軽い水滞を起こしているものとみてよいのではないであろうか。すなわち、勝田氏の言うように、血海に針すれば消えるというようなもので、桂枝湯の腹証にみ る腹拘攣に関連をもっているものではないかと思う。
しかし、気血水という分類そのものに問題はあると思うが、現在の科学認識の程度では、この実際 的認識を証明する方法が充分でないので、このような概念的言語表現をとりながら進めていかざるを得ないわけである。私としては、将来における腹証の科学的 認識の基礎的作業を自ら行い、これを人に知ってもらいたいのみである。後進の研究を待つための第一歩と思っている。
和久田叔虎は、腹中諸塊分弁図の図11において、右の臍傍に水塊ありと言っている。

すなわち、
「水塊。右の少腹臍にあらわる。(愚案、小便不利の塊なり)。或は、此の辺に結聚するもの、久寒の毒多し」と言っており、あたかも『傷寒論』厥陰病の「其の人、若し内に久寒あれば、当帰四逆加呉茱萸生姜湯に宣し」
という条文の久寒という言葉を用いていることは、まことに興味深い。
すなわち、この臍傍の変化には、久寒と言われるように内に入って古くて深く、血そのものの変化を現わすものと、新しくて浅く、気の刺激によって容易に動く微妙な体液の流れの変化を現わすものとの両極端があるように思う。
しかし、われわれの日常臨床に最も多く、見られるものは、これらの両極間の中間的なものであって、気の刺激によって、すぐには取れないが、積極的に瘀血を標 的として、それに伴う水溝の治療薬剤を投与することによって積極的に攻め、この異常抵抗を消退せしめる必要があるように思う。
この点において、この方剤は、気血水のすべての変化にそれなりに対応することのできる薬剤のように思っている。
もちろん、それにはそれなりに限界はあるが、その処方内容を見るに、桂枝、茯苓、牡丹皮、桃仁、芍薬各等量となっており、気を中心として動かす桂枝は、その 方剤名のごとくその分量は多く主として水を動かす茯苓と芍薬、主として血を動かす牡丹皮、桃仁が配合されているところを見ても理解できる。
今、私達は、これに大黄を加え、血を動かす力を強くして、駆瘀血剤として、臍傍抵抗に使用しているのである。文礼は、これに当帰を加え癥痼円として、日常臨床に使用していたようである。   

症例3 (略)

4-5)腹証の併存性について
58年5月第34回東洋医学会総会での、藤平健氏のこの点についての興味深い発表があったので、その抄録の腹証に関する部分を転載してみたい。

「腹 部は心不痞硬が(3+)、右胸脇苦満(2+)、左胸脇苦満(+)、臍傍圧痛(+)。以上の自・他覚症状から、本例は明らかに柴胡剤の証を呈している。頸項 強ばる、口苦、口粘、食思不振、腹力中等度より、やや軟などから、推して薬方は、恐らく柴胡桂枝湯といった所に、落着く事になった筈である。数年前迄の私 のやり方では。しかし、ここ数年来その様な薬方では、この異常な寒がり、汗易労症は、いくら投与しても、まず消退しないことを経験して来た。そして、此の 様な状態は、少陽柴胡剤の証と、少陰四逆湯の証との二証併存すなわち、慢性病に於ける併病の病態である事を知るに至った。そこで,本症例の異常な寒がり は、少陰茯苓四逆湯証中の煩躁の慢性症に現われた一形態と判断し、心下の強い痞硬とを考え合わせて本例の証を、柴胡桂枝湯証と、茯苓四逆湯証との併病と診 断した。そして、茯苓四逆湯証の方がよりウエイトが強い、と考えた。そこで茯苓四逆湯(附子3.0g)を投与、来院ごとに諸症状の好転を告げ、同湯服用 98日で身体も温まり、諸症状も消退し、ほぼ治癒」

となっている。以上先生の日常臨床における経験を偶中にあらず併病であり、主記の方証相対によって急速に諸症状の好転をみたことを正直に報告せられ、われわれ後進のものにとってはなはだ有益な発表であったように思 うのであるが、愚生も腹証を中心とした研究の中から同様のことを考え、それを先述のごとく腹証で証明しながら進めてきたものである。そこで私は、上腹部の 腹証をみるときには、異なった部位、すなわち胸脇と心下に同時に病証が存在することが多いから、何れを腹証における主証とみ、客証とみるかが大切である。 さらにその前に、総合的証決定に際し、腹証を取るか、捨てるかも大切である。主、客を決定した後には、最初に目標とした主証が消失すれば、それまで客証で あったものが主記として登場するので、その証に応じた方剤を投与する事になる。

文礼は,『腹証奇覧』の前編上冊,小柴胡湯の証(一)に

「又図の如く、苦満ありて、心下痞硬甚しきもの有 り。此の時は、先ず苦満をさし置きて、痞硬より攻むべし。人参湯、桂枝人参湯の類、証を詳らかにして是れを用うべし。是れのみに限らず、病人諸症あらば、 先ず其の甚しきものより攻むべし。もし甚だしきものなき時は、上より順に攻むべし。妄りに合法加減して方法を改易すべからず。必ず功なきのみならず、却って其の害多かるべし。之を戒め、之を戒めよ」

と言っているが、私も全く同意見である。特に「妄りに合法」すれば腹証が分からなくなり、腹証研究の邪魔になることを銘記すべきである。小柴胡湯のみならず大柴胡湯で心下痞硬を見る場合、胸脇苦満の甚だしい場合には、 大・小柴胡湯を与え、心下痞硬の甚だしい場合には、それぞれの腹証に応じた薬方を投与することが原則である。

4-6)上腹部ないし心下の腹証について
上 腹部の腹証を見る場合、まず第一に正中線の剣状突起から臍にかけて触れることによって心下の腹証を読み取り、次に両胸脇部を触れることにしており、心下と 胸脇部における表皮、皮下組織、筋膜、筋層、腹膜に至るまでの浮腫、抵抗の硬、軟、圧痛の深、浅等をつかみ取ることが大切である。

私は『傷寒、金匱』の薬方を主体に治療しているので、心下の腹証も理解しやすい立場にある。

57年2月の東洋医学会、中四国地方部会教育講演において、心下の腹証を大略まとめて話したが、心下の腹証としては心下痞堅、心下堅塊、心下堅、心下硬,心下 痞、心下痞硬、心下満、心下痛、心下支結、心下支飲、心下濡、心下悸逆満等があり、その内、心下痞硬としては、人参湯、桂枝人参湯、理中加附子湯、茯苓四 逆湯、呉茱萸湯、黄連湯、茯苓飲、平胃散、二陳湯、六君子湯、附子湯、桂枝加附子湯、桂枝加尤苓附湯、生姜瀉心湯、甘草瀉心湯、大半夏湯、甘遂半夏湯、十棗湯、乾姜黄連黄芩人参湯、苓桂朮甘湯、施覆花代赫石湯、調胃承気湯、九味梹榔湯加呉茱萸茯苓湯等であるが、胸脇の腹証を主としたもので、心下にまで変化 を及ぼすものとしては、心下硬の大柴胡湯、心下満の大柴胡湯、小柴胡湯がある。これらは、心下癌硬ではないし、少陽病であるから、区別できるはずである。

次に同じように心下痞硬であっても、陰陽、寒熱、表裏、虚実による弁証をしなければならないが、その内、特に大切なことは、黄芩、、黄連、柴胡、石膏、大黄、芒硝の必要とする邪熱の有、無。乾姜、附子、呉茱萸、半夏、生姜、等によって温める必要のある寒飲があるかどうか。

白朮,茯苓、防已等によって動かすことの必要な水滞はないか。橘皮、枳実、厚朴、桂枝等を必要とする気痰はないか、等を見ながら弁証するわけであるが、それは、本論文の主題でないので、その詳細は別の機会にしたい。

さ て、ここで最も注意しなければならないことは腹中諸塊の認識である。これらを識別しなければ、『傷寒、金匱』の腹証は成り立たないわけである。そのうち最 も多いのは、両季肋下部に於ける血癥おおよび飲食塊であり、剣状突起の上下にまたがる生肉塊である。特に両胸脇下にみられる血癥をを胸脇苦満と誤認しないことが大切である。飲食塊は、世に言う、やせの大喰いというものである。

やせているのに比較的大食であること。生肉塊は、魚とか肉を毎日 食べている人に多い。これらは問診で容易に確かめられる。心臓病に関連していることが多い。その点、心下痞硬は要するに水滞によるものであるから、鑑別し やすいわけである。以上、瘀血に関連する上腹部腹証、殊に、心下の痞硬について述べた。

5. むすび

  1. 瘀血の見方に種々あるが、本論文においては、古典にいう瘀血の腹証を軸とした桃核承気湯および桂枝茯苓丸の腹証について、症例を呈示しながら私見を述べた。
  2. 稲葉文礼の『腹証奇覧』および和久田叔虎の『腹証奇覧翼』の腹証図を参考としながら、現代日本漢方界の腹証の見方の盲点についてのべた。
  3. 腹証研究の問題点および研究の方法(特に時の問題を軸とした腹証の法則性)についての私見を述べ、腹証の併存性および二重構造についても言及した。
  4. その他の瘀血性腹証については、次回に述べたい。諸賢のご批判、ご叱正を請うものです。

■ 文献
・小川新:「瘀血研究」第一回講演記録集p.99~110
・稲葉文礼、和久田叔虎:「漢方医学書集成83」、「腹証奇覧、同翼」p.43~447、p.115~116、p.266~269;p.367~380 

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