« 広島藩における医学起証文(起請文)について | トップページ | 川田龍平議員が語る TPPで医療もアメリカ化する »

西流・阿蘭陀外科免許状(天和二年1682年)

西流・阿蘭陀外科免許状 (小川古医書館蔵)

■西吉兵衛が西道庵に与えた免許状を西道伴に授けた外科免許状(天和二年[1682年])

Nisiryunanbanmenkyo1

 醫有内外兩科。猶、車有兩輪。若、夫癈其一、則、豈保其生命乎。歴代明醫、所編集外科書流傳至于今者、不為不多矣。尤(もっとも)、雖(いえども)盡服薬之微、未盡敷薬之妙。故患瘡瘍者、咸怠于敷貼之藥徃徃夭死者不寡也。嗚呼、可嘆哉。間、南蛮阿蘭陀兩科盛行于世。誠國家保民命之一助也。抑、兩國爲人物天質巧伎術、自然精、鍜錬尤於外科道、深、研工力厚罄心志、是以芳誉妙手亦冠于世、其學之者無未得外治之妙也。然而世醫或有通其理者未知其事、或有知其事者未通其理、或贖求書于市自称外科者多矣。如此者、專切破突押之術、未知寒熱補瀉之理、譬、盲人、騎瞎馬、闇夜如臨深淵殆哉。
 予自弱冠師事于沢野忠菴學言語且外科向于立歳奉 公命勤象胥之役。故又學外科某切琢年久一且豁然初貫通其理。蓋今、學之者容易欲得之、非啻(ただ)無益治療、復戕賊人而已(のみ)。實豈不幾。以刃殺人。不可不謹。 于兹西道菴、深有外科志、托予學既有年、故口傳心術授之無所遺漏。後人、有欲學之者、斟酌其志意、推明其生質、以可有傳授之也。敢、以其近不可忽之。  
        西吉兵衛尉
   天和二年仲秋上旬
        西氏道菴 花押 印
     西道伴雅丈

________________________________________________________________

 医に内外両科有り。猶ほ車に両輪有るがごとし。若し夫れ其の一を廃すれば、則ち豈に其の生命を保たん乎。歴代の明医、編集する所の外科書流伝今に至る者、多からず為さず矣。尤(モットモ)、服薬の微を尽すと雖(イエドモ)、未だ敷薬の妙を尽さず。故に瘡瘍を患らう者、咸、敷貼の薬を怠り、徃徃夭死の者寡からざる也。嗚呼嘆く可き哉。間、南蛮阿蘭陀両科盛に世に行る。誠に国家民命を保つの一助也。抑も両国人物天質伎術に巧、自然に精しく、尤外科道に鍜錬し深く、工力厚罄心志を研き、是を以て妙手を芳誉すること亦世に冠たり、其の学ぶ者未だ外治の妙を得ざる無し也。然れども、世の医、或は其の理に通ずる者有、未だ其の事を知らず、或は其の事を知る者有、未だ其の理に通ぜず。或は書を市に買求めて外科を自称する者多し矣。此の如き者、切破突押之術を専らにし、未だ寒熱補瀉之理を知らず、譬えば盲人瞎馬に騎り、闇夜に深淵を臨むが如し、殆(アヤウキ)哉。
 予弱冠より沢野忠庵に師事し言語且外科向を学び、歳立ちてより公命象胥(通弁のこと)の役を勤め奉る。故にまた外科某を学び、切琢すること年久しく一且豁然として初めて其の理を貫通す。蓋今、之を学ぶ者容易に之を得んと欲するは、啻(タダ)治療に益無きのみならず、復人を戕賊するのみ。実に豈にすくなからずや。
 刃を以て人を殺すは謹まざる可からず。兹において西道庵、深く外科の志有り、予に托して学ぶこと既に年有り、故口伝心術之を授くるに遺漏する所なし。後人、之を学ばんと欲する者有る、其の志意を斟酌し、其の生質を推明し、之を伝授することある可き也。敢て其の近きを以て之を忽ちにす可からず。  
      
       西吉兵衛尉

  天和二年仲秋上旬(1682年)
 
       西氏道庵 花押 印

    西道伴雅丈

________________________________________________________________

■西道庵

  • 肥前長崎の産。西紋兵衛某道川の息、道庵は福山に来りて医を以て水野美作守勝俊に仕えて三百石を領し、道朔を養うて嗣となす。後故ありて辞去し広島に徒り、後長崎に帰る。養子道朔は貞享元年十一月を以て、芸藩公に召し出され三十人扶持を賜う。(「芸藩輯要・附藩士家系名鑑」より)
  • 長崎の西紋兵衛道川の子・道庵は藩医として福山藩の水野美作守勝俊に仕え三百石を領した。その嗣子・道朔が広島・西氏であり、道庵の弟子の道伴が草津・西氏の始祖となった。(江川義雄著「広島県医人伝・西有慶」の項より)

■西道伴

  • 安芸国生れ。元禄二年卒[1689年]。河面六右衛門の子。兄は河面仁右衛門。子孫に緒方洪庵の門人、西有慶(有圭・敬次)・小川清介(西謙吾)兄弟がいる。

__________________________________________________

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本版」

【送料無料】江戸の阿蘭陀流医師

【送料無料】江戸の阿蘭陀流医師
価格:8,925円(税込、送料別)

|

« 広島藩における医学起証文(起請文)について | トップページ | 川田龍平議員が語る TPPで医療もアメリカ化する »

オランダ医学」カテゴリの記事

小川古医書館」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208481/51377590

この記事へのトラックバック一覧です: 西流・阿蘭陀外科免許状(天和二年1682年):

« 広島藩における医学起証文(起請文)について | トップページ | 川田龍平議員が語る TPPで医療もアメリカ化する »