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2011年4月

西流・阿蘭陀外科免許状(天和二年1682年)

西流・阿蘭陀外科免許状 (小川古医書館蔵)

■西吉兵衛が西道庵に与えた免許状を西道伴に授けた外科免許状(天和二年[1682年])

Nisiryunanbanmenkyo1

 醫有内外兩科。猶、車有兩輪。若、夫癈其一、則、豈保其生命乎。歴代明醫、所編集外科書流傳至于今者、不為不多矣。尤(もっとも)、雖(いえども)盡服薬之微、未盡敷薬之妙。故患瘡瘍者、咸怠于敷貼之藥徃徃夭死者不寡也。嗚呼、可嘆哉。間、南蛮阿蘭陀兩科盛行于世。誠國家保民命之一助也。抑、兩國爲人物天質巧伎術、自然精、鍜錬尤於外科道、深、研工力厚罄心志、是以芳誉妙手亦冠于世、其學之者無未得外治之妙也。然而世醫或有通其理者未知其事、或有知其事者未通其理、或贖求書于市自称外科者多矣。如此者、專切破突押之術、未知寒熱補瀉之理、譬、盲人、騎瞎馬、闇夜如臨深淵殆哉。
 予自弱冠師事于沢野忠菴學言語且外科向于立歳奉 公命勤象胥之役。故又學外科某切琢年久一且豁然初貫通其理。蓋今、學之者容易欲得之、非啻(ただ)無益治療、復戕賊人而已(のみ)。實豈不幾。以刃殺人。不可不謹。 于兹西道菴、深有外科志、托予學既有年、故口傳心術授之無所遺漏。後人、有欲學之者、斟酌其志意、推明其生質、以可有傳授之也。敢、以其近不可忽之。  
        西吉兵衛尉
   天和二年仲秋上旬
        西氏道菴 花押 印
     西道伴雅丈

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 医に内外両科有り。猶ほ車に両輪有るがごとし。若し夫れ其の一を廃すれば、則ち豈に其の生命を保たん乎。歴代の明医、編集する所の外科書流伝今に至る者、多からず為さず矣。尤(モットモ)、服薬の微を尽すと雖(イエドモ)、未だ敷薬の妙を尽さず。故に瘡瘍を患らう者、咸、敷貼の薬を怠り、徃徃夭死の者寡からざる也。嗚呼嘆く可き哉。間、南蛮阿蘭陀両科盛に世に行る。誠に国家民命を保つの一助也。抑も両国人物天質伎術に巧、自然に精しく、尤外科道に鍜錬し深く、工力厚罄心志を研き、是を以て妙手を芳誉すること亦世に冠たり、其の学ぶ者未だ外治の妙を得ざる無し也。然れども、世の医、或は其の理に通ずる者有、未だ其の事を知らず、或は其の事を知る者有、未だ其の理に通ぜず。或は書を市に買求めて外科を自称する者多し矣。此の如き者、切破突押之術を専らにし、未だ寒熱補瀉之理を知らず、譬えば盲人瞎馬に騎り、闇夜に深淵を臨むが如し、殆(アヤウキ)哉。
 予弱冠より沢野忠庵に師事し言語且外科向を学び、歳立ちてより公命象胥(通弁のこと)の役を勤め奉る。故にまた外科某を学び、切琢すること年久しく一且豁然として初めて其の理を貫通す。蓋今、之を学ぶ者容易に之を得んと欲するは、啻(タダ)治療に益無きのみならず、復人を戕賊するのみ。実に豈にすくなからずや。
 刃を以て人を殺すは謹まざる可からず。兹において西道庵、深く外科の志有り、予に托して学ぶこと既に年有り、故口伝心術之を授くるに遺漏する所なし。後人、之を学ばんと欲する者有る、其の志意を斟酌し、其の生質を推明し、之を伝授することある可き也。敢て其の近きを以て之を忽ちにす可からず。  
      
       西吉兵衛尉

  天和二年仲秋上旬(1682年)
 
       西氏道庵 花押 印

    西道伴雅丈

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