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瘀血と水毒「水と血の関係」

第11回日本瘀血学会学術総会 (1992年10月)

シンポジウム“瘀血と水毒”
水と血の関係

小川新

水毒という概念は、近世の日本漢方界に於いて、特に強調されてきたように思う。

吉益南涯は、父、吉益東洞の万病一毒説を気、血、水という三証に分けて布衍した「観証弁疑」及び「気血水薬徴」を著した。現代に於いても古方派の日本漢方家に於いては、日常の弁証論治に用いられている概念である。

この気・血・水論を病機としてみるとき、気を中心として血・水の病態像を呈したり、水を中心として気・血の病態像を生じたり、血を中心として気・水の病態像を現わしている。

今、「金匱要略」をみるに、水気に関する病証としては、

  • 痙湿暍病脈証治第二では、湿家の病について述べており、方剤としては、麻黄加朮湯、麻杏薏甘湯、防已黄耆湯、桂枝附子湯、白朮附子湯、甘草附子湯がある。
  • 痰飲咳嗽病脈証并治第十二には、痰飲、懸飲、溢飲、支飲という四飲と夫々の方剤が紹介されているが、水と臓器の関係も述べられている。即ち、水在心、水在肝、水在脾、水在肺、水在腎、
  • 水気病脈証并治第十四には、心水、肝水、肺水、脾水、腎水というように表現されている。

などである。

1.水と五臓の症候

A-1:心水
其身重而少気、不得臥、煩而躁。これは、心不全の状態であり、身が重く陰部も腫れて大きくなり、呼吸困難があり、横に寝ることが出来ない。真武湯。
A-2:水在心
心下堅築し、短気し、水を飲むことを欲せず。これは、留飲というものである。甘遂半夏湯の行く所である。

B-1:肝水
腹大きく、不能自転側、脇下腹痛し、時々津液微に生じ、小便は続いて通じてはいる。これは肝硬変末期にみられるものである。柴胡疎肝湯合四苓湯の行く所か。
B-2:水在肝
肝経の留飲は脇下支満し、くしゃみすると脇腹がひきつり痛む留飲である。
小柴胡湯などの柴胡の方剤の行く所である。

C-1:肺水
其身腫、小便難、時々鴨溏。身体に浮腫があり、小便困難で、いつも鴨の糞のように軟便を排泄する。越婢加朮湯。
C-2:水在肺
吐延沫、欲飲水。肺が水飲に苦しめられるとひきつづいて唾液を吐き、口が渇き水を飲みたくなる。五苓散や甘草干姜湯の証である。

D-1;脾水
其腫大、四肢苦重、津液不生、但苦少気、小便難。脾水を患っている病人は、腹部が膨満し、隆起し、四肢が非常に重く口の中が乾き、津液がなく、息切れして、小便が困難である。実脾飲、補気健中湯の証に近い。
D-2:水在脾
少気身重、身体が沈んだように重く感じ、無理して歩けば呼吸困難を感ずる。脾虚の方剤である。六君子湯、四君子湯、苓桂朮甘湯の証のようだ。

E-1;腎水者
其腫大、臍腫、腰痛、不得搦、陰下湿、如牛鼻上汗、其足逆冷、面皮痩。腹部が膨満し、臍部が腫れて突出し、腰が痛んで、小便をするのが困難であり、外陰部は、牛の鼻の上が汗をかくようにしめっており、足が冷える。顔ははれずに痩せている。八味腎気丸の証である。
E-2;水在腎
心下悸、腎臓が水飲によって障碍されると水気が上逆して心窩部に動悸を感ずるようになる。苓桂朮甘湯、苓桂味甘湯の証である。

又痰飲として、溢飲、懸飲、支飲、寒飲等の分類があり、夫々の方剤がある。風水、皮水、裏水、黄汗など水気に関するものがあるが、これら凡ては、皆水に関することを、五臓六腋や体表に関係してのべているのみで、血との関係についてはのべていない。

2.水と血との関係について

金匱要略の水気篇(239條)

師曰、寸口脈沈而遅、沈則爲水、遅則爲寒、寒水相搏、趺陽、脈状、水穀不化、脾気衰則驚溏、胃気衰則身腫、少陽脈卑、少陰脈細、男子則小便不利、婦人則経水不通、経爲血、血不利則爲水、名曰血分

解釈

寸口の脈象が沈んでいることは、水気の病であることを示しており、遅であるのは、体内に寒邪があることを示している。寒邪と水気が一緒にあれば、趺陽の脈が代脈となる。脾気が衰え、飲食が消化出来ないのでアヒルの糞のように水分の多い便が出る。胃気も同時に衰えているので、水邪のために身体に浮腫を生ずる。趺陽の脈を骨に至るまで深くおさえてはじめふれる脈ということは、胃気と脾気共に衰えて水気の病をなしていることを示している。

さて、次の節は、「少陽脈卑、少陰脈細」となっている。この少陽の脈卑とは何を意味するのであろうか。私は、これは、手の小腸即ち寸、関、尺のうちの関脈が強大のようにみえても深く沈めて脈をみれば孔のように無力なものをいう。即ち、この卑脈は革派のことを言っているように思う。又足の少陰脈は細であり、腎気が衰えていることを示している。肝は手の関脈で肝虚を示し、腎は足の少陰脈で腎虚を示していることを教えている。何故、手の尺脈で腎虚を言わないで、足の少陰脈を証として登場させたのであるかという疑問が残るはづである。それは、私の多年の手脈、足脈の同時観察によれば、脾気は足の趺陽で、肝気は手の関脈で、腎気は足の少陰で診察することによって、脾、肝、腎の虚証を辮証しないと手脈だけでは、誤り易いことが多い。一般に日本及び中国共にこの足脈のこと、人迎のことを無視している。

次に「男子小便不利」というのは、男子の性ホルモンの機能が衰えていることを示し、「婦人則経水不通」は、生理不順ないし無月経であることを言っている。即ち、肝血が衰えて水気の病になっているが、病機から見れば、病因は血分の病ということになる。

この條文は、脾胃の虚証からきた水気病と、肝腎の虚証からきた水気病の違いを教えているものである。後段の文は肝血の病から発した水気病を教えている。脾胃の病であればこれ対する方剤を選択する。脾胃の病でおこった水気病の後に月経がなくなった場合は、脾胃を治療すれば、月経のような血の病は自然に回復する。若い女性でも、六君子湯を投与することによって5年振りに生理が恢復した症例があるが、これは、現代婦人科学の大きな盲点ともなっている。婦人科専門医が血分を中心としたホルモン学の不備に気付いて学習なさるようお願いするものである。

先述の水気篇にいう血分の病態像を我々は瘀血と呼んでいる。大切なことは、瘀血があって水気病をおこしたり、水気病によって瘀血をつくることもあるので、脈証をみる上でも、手脈のみならず、足の趺陽や少陰の脈が必要となってくるのである。それ故、張仲景師は、傷寒卒病論集の序文に於いて、「按寸、不及尺、握手、不及足、人迎、趺陽、三部不参……」という風に警鐘を鳴らしていることを想起して欲しいものである。

3.三焦論について

霊枢本輸第二には「三焦者、属腎、腎は上肺に連る。故に両臓を将とす。三焦者中涜之府也、水道出づ、膀胱に属す。これ孤之府也。是六府の所と合するもの」又、素問、霊蘭秘典論には、「三焦者、決涜之府也。水道出づ」とあるが三焦は膜原(医学正伝)を指し、上は肺・心に連なり、中焦は脾・肝に連り、下焦は腎・膀胱に連なり、各臓腑や膚表にまで影響している。

この水道に最も関係深いものは、体液即ち組織間液であるが、このような水の動きを霊枢経水編第十二には、「経脈十二者、外合十二経水、而内属於五臓六府・・・夫経水着、受水而行之、五臓者、合神気魂魄而臓之、六府者、受穀而行之、受気而揚之、経脈者、受皿而營之・・・」、また「此五臓六府十二経水者、外有源泉而、有所稟、此皆内外相貫、如環無端、人経必然」とある。

前述経水篇の言わんとする所は、経脈即ち現代医学で言う血液循環に近いものは、内部では五臓六腋に属しているが、それは外、十二経水と一緒になって五臓六腋に属して機能しているのだというのである。今、五臓六腑を中心として経脈を考えるときは、経水を忘れてはならないというのである。

4.組織間液について

私は古典でいう経水を現代医学に於ける組織間液という風に考えているので、五臓六府の循環は、組織間液を忘れては成り立たないと思っているが、これを現代生理学者として最初に提唱されたのは、故広大名誉教授、西丸和義(やすよし)氏である。

西丸氏はその著、「脈管学の基礎(体液循環の概念)」(1970年マイライフ社 出版)で、

「ハーヴェイの血液循環の概念では、心臓は中枢で、末梢は毛細血管である。しかし、体液循環の立場からは、末梢は組織間すなわち結合織、組織腔、器管溝である。体液とは、血液、組織液、リンパ液のことで、これが心臓から心臓へと脈管と組織間を流れ、全身を循環するものである。この流れは主として心臓ならびに脈管壁とその周囲組織との収縮性に基因する水力学的圧差ならびに膠質滲透圧による体液の流れにほかならない」

と述べている。

この西丸学説はこの経水の世界を完全に証明したとはいえないまでも、漢方家や、針灸家が経脈や臓腑に偏って観察し、他方現代医学者が、大小循環、微小循環のみに偏って観察治療しながら、誤った治療医学を構築していることへの警鐘である。

【注】西丸和義: 広島大名誉教授/日本脈管学会の創設者/医博/平成2年5月15日卒/参照:「医人伝」広島医学Vol.57,No.7,2004/西丸和義先生と小川新に関する記事:広島市医師会HPから[PDF]

 

5.三焦図について(図1)

Sanshozu1

これは、経水が、経脈と一緒になって、心、小腸、肺・大腸の上焦、肝・胆、脾・胃の中焦、腎・膀胱、命門・相火の下焦に働いている生理機能を表現したものである。五臓六府の寒熱を考える際に必要缺くべからざる経水の世界を三焦という概念でまとめたものである。

この通路を古典医学では、膜原(医学正傳)と言ったが、私は腔、溝、結合織、脈管周囲腔のような組織間であり、ここに体液流があるという風に考えているものである。

この三焦と臓腑との関係を古典的表現法で説明するならば、次のごとくになる。三焦は五臓六腑と連系し、上・下・左・右に交通する組織間液の通路である。邪 が表から入り、三焦を経由して臓腋に内伝し、心⇔肺、肝⇔脾、腎⇔命門という風に横方向に伝変するものと、又、邪を上に受けると、三焦を経由して次第に下 方に向い、又、中焦、下焦から上方に向い縦方向に傳変するものとがある。則ち縦方向の形式は、上焦⇔中焦⇔下焦⇔上焦⇔....という風に伝変するもので ある。
中焦下焦この図は、円形の中で、この上下、左右の伝変を説明しようとしたものである。

 

6. 臨床の実際

    (略)

7.総括

  1. 水毒という概念が意味を持つためには、古典医学に於ける水即ち体液とは何かということを解明する必要がある。そこで、金匱要略の水気に関する湿家の病、痰飲、咳嗽病と臓器の関係、更に水気病脈証第14の心水、汗水、肺水、脾水、腎水と痰飲、咳嗽病第12の、水在心、水在肝、水在肺、水在脾、水柱腎の内容を比較解説し、その方剤を紹介した。
  2. 次に水気篇に於ける寸口、趺陽、関、少陰の脈を紹介したが、それは、脾胃の気の虚衰による軟便と身体の浮腫と、肝血、腎の虚衰による小便不利、月経不通即ち血分の病とをのべている。それは、肝血虚衰を中心とした水気の病証と、脾胃を中心とした水気病との鑑別が大切であるからである。臨床の実際に於いては、血分の病いの水気病であっても、水気病を先きに治療する場合も多く、瘀血があっても、水気病から治療〕まじめねば実効がないからである。
  3. 三焦論についてのべた。五臓六腑の瘀血を論ずる場合には、経脈のみならず、経水を考えねばならないことを強調した。心臓、大血管、微小循環という単純な循環理論ではなくて、体液循環の立場から結合織、組織腔、器管溝という立場から、五臓六脆をはじめ、脳脊髄腔、関節腔、胸腹膜腔など身体全体を考え直す必要があることを強調した。
  4. 私の考えている三焦論の一部を図説してみた。これは小生の創案であるが、不備なところも多く、読者諸賢によって、補正いただくことをお願いする積りである。この図は生理的状態を説明したもので、邪が三焦を経由して、縦方向、横方向に博愛する病態像は面かれていない。
  5. 瘀血と水が関係する臨床の実際を2つの症例で提示した。この中で、足脈の趺陽と少陰脈が瘀血性腹証と関聯深いことを述べた。今日、伝統医学を学習する我々にとって、手脈、足脈、胸腹証の厳しい習練が必要であることを痛感する。

8.結語

嘗って、吉益東洞は、病人の七、八割は水を治することにあると言ったが、我々は、体液の停滞の奥にひそむ瘀血の存在を出来るだけ精確に理解しながら治療医学に役立てることが必要である。
それは、五臓六腋の全疾患という非常に広範囲に亘る領域であり、癌をはじめとする難病の治療にとっても最大のテーマであるからである。

[OGAWA Arata_1992/10/1]

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