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催瘀血因子

[再掲:過去の論文から抜き書き]

催瘀血因子

小川新

1. 胎毒性瘀血(遺伝性)

胎毒性瘀血と有地滋先生(近畿大学東洋医学研究所教授)の言われるHL-A免疫遺伝因子とは如何なる関係にあるかという疑問が生ずる。目下のところ、私の言う汚血および瘀血の考え方からすれば、この胎毒性瘀血は、HL-Aそのものではなく、HL-A免疫遺伝因子を含めたもっと広い範囲のもので、主として免疫異常を起こしうる血液(汚血)と言った方が良のではないか。この血液の解明は、前瘀血状態ともいうべきもので、予防医学にとって非常に大切な分野になると思う。

2. 感染性瘀血

外からくる諸種の感染性疾患に罹患した場合、炎症の後に、免疫性抗原抗体複合物や組織の繊維化等を残しながら、諸症状がしたときには、これを完全に治癒したように誤認していることが多い。
単純な偏桃腺炎や風邪、インフルエンザを度重ねているうちに、腹証においても、瘀血性抵抗を持つようになるというのである。
かくの如くして、発病した腎炎、ネフローゼ、気管支喘息(感染型)、肝炎、肺結核、多発性関節リウマチ、べ一チェット病、心疾患、高血圧、動脈硬化等諸疾患において、この瘀血を無視しては、治療医学が成り立たないように思う。また、そのような症例を多種にわたり経験している。

3. 治療薬剤性瘀血(副腎皮質ステロイド等)

現代使われている薬物で、副腎皮質ステロイド程副作用の強いものは他に類をみないであろう。その副作用として、満月様顔貌、骨壊死、胃穿孔、内分泌障害、免疫不全等諸種の障害があるが、私が臨床的に確かめた範囲では、これ以外に膀胱部および下腹部に抵抗が増大しており、ステロイドを漸減し、桂枝茯苓丸を投与するにつれて、大多数において、この下腹部抵抗とともに全身の浮腫がとれてくることをみても分かるのである。

何故ステロイドによって、瘀血性抵抗ができるのであろうか。ステロイドの使用初期には、腎機能も非常に活動的に働き、利尿作用も強いのであるが、しばらく連用するにつれて、逆に副腎皮質機能の障害を起こし、利尿作用も衰退して、全身の浮腫を起こすようになり、この水分代謝障害によって引き起こされた細静脈うっ血によって、あらゆる組織の繊維化が促進されるが、全身のうちで最も鬱血を起こしやすい下腹部臓器の静脈性欝滞が促進され、下腹壁に異常抵抗を生ずるのではないかと思われる。
その他、抗生物質、ピリン系解熱剤、精神安定剤、抗癩滴剤等、直接的直接的に肝腎の機能障害を来しうる薬剤は、投与量次第では瘀血障害を起こし得るわけである。

4. 外傷による瘀血

すでに外傷性潜在瘀血障害の種々相というテーマで論文を発表している(「漢方の臨床」18巻4-5号)ので、詳細はその論文を参照いただきたいのであるが、現代外科学においては、皮下、筋膜下、筋肉内、骨折部周辺における局所の出血巣の運命について、長期にわたって観察した研究がないというところに大きな欠陥があるように思われる。
その上、その局所の後遺的病巣が、全身の諸臓器にいかに影響して障害を発生するかについての観察がないわけである。

昨夜、病理学者の杉原芳夫先生は、私のこの論文を読み、私のいう局所の循環障害は、皮下における多発性の細静脈血栓症によるものであろうと指摘されたが、有難い提言であったと感謝している。
た だ私としては、この多発性静脈血栓は、皮下のみならず、軟部組織の一切、骨髄に至るまで発生しているのではないかと思うのである。僅かに骨に損傷があった場合でも、皮膚から骨に至るまでの軟部組織全体に損傷があり、この軟部の傷害を軽視し無視して、徹底的に治療を加えないでいれば、10年-50年という長期問の後に、臓器組織の大きな障害を発生せしめる誘因ないし原因となっていることに、気付かないこと甚だしと言わざるを得ないのである。

先日、心筋梗塞で大動脈一冠動脈バイパスの手術をうけた45歳の男子が来診したが、腰椎をX線撮影してみると、第2、3腰椎に骨折の痕(あと)があり、本人に訊ねたところ、20年前屋根から落ちたことがあったというのである。年来、腰痛を訴えていたとのことであるが、腰部外傷後の多発性静脈血栓が、 心筋梗塞の原因的条件の大きな要因となっているのではないかと思う。ちょうどその頃、彼の手術を担当した主治医に学会で会ったとき、「バイパス手術は成功しているが、冠動脈の他の枝に、梗塞が再び発生しないという保証がないではないか。私はこの辺のところを研究しているのだが」と言って、駆瘀血剤のことを話したのであるが、短時間のために詳しく説明することができなかった。しかし、私の言うことが雲をつかむ事柄のように思えたらしかったが、私達は雲をつかんで雲の話をしているのであろうか。

昭和43年から45年に至る間の5000人の外来患者の中に、外傷性瘀血障害と思われる疾患は、226例(4.5%)にみられたが、受傷後の経過年数は2年以内20例、5年以内28例、10年以内51例、20年以内37例、30年以内36例、30年以上29例、不明29例となっていた。
瘀血の好発部位は、頭部、頸部、背部、腰臀部である。この局所瘀血を発見するには、徹底した問診と初診およびX線撮影が必要となってくる。局所の瘀血障害は、近接臓器への影響ばかりでなく、遠隔部位への障害を経絡的に観察することも必要である。

5. 産褥性瘀血

更年期障害精神的原因によっても、女性は生理不順を起こし、便秘するだけでも下腹部に瘀血を起こしやすい。
『金匱要略』には、婦人産後病脈証として、小柴胡湯、大承気湯、枳実芍薬散、下瘀血湯、竹茹湯、千金三物黄芩湯等の方剤が用意されているが、それぞれの病証に対しての治療が行なわれていない時には、病気は消褪したようにみえても瘀血を残すことが多い。これは、やがて更年期を迎えるにあたり、婦人科的ホルモン機能の自然的減衰が妨げられ、種々の疾患を併発するようになる。いわゆる自律神経失調症という名で呼ばれているものに移行していく。
また私が7、8年前から男性更年期障害と呼んでいるものは、前立腺肥大、前立腺炎等と表現される疾患以外に、下腹膀胱部の腹壁に強い抵抗がみられることが多く、若年者の悪性高血圧症もその中に入れて理解している。このような高血圧症は、心筋梗塞や脳出血を起こしやすく、降圧剤の効きにくいものである。
また、多くの高血圧症を診ているうちに、男性にも女性の更年期に対応する年代を境として下腹部抵抗を持った人が多く、駆瘀血剤を併用しなくては降圧治療が成り立たないことが多いことに気付いたわけである。副腎皮質ホルモンも微妙に減衰していることから、男性更年期障害と呼ぶことにしたのである。

6. 冷房ないし生活環境性瘀血(冷房、無体動による水毒性瘀血)

冷房というのは暑い夏に発汗せしめずに体温を調節しようとするので、返って暑くなる。暑いので更に冷房を求めることになる。かくして、まず足・腰が冷えることにより利尿や排尿障害を起こすことになる。この水滞が、瘀血を誘発することになる。(さらに、運動不足による肥満なども瘀血の要因となる)

7. 外科手術および放射線による瘀血

外科手術によって、剥離のための組織破壊、リンパ腺剥離除去のための血管周囲炎、後出血等のために、局所の循環障害を残す。いかように立派に手術しても、このことは免れ得ないことである。手術直後、できるだけ早い時期から、駆瘀血療法を行なうことは、癌の再発防止のためにも有効である。また近時、悪性腫瘍の治療に用いられる放射線療法を全面的に否定するものではないが、目的とする臓器の周辺も、このために甚だしく障害される場合が多い。時には、脊髄神経麻痺を起こし、癌のためではなくそのために死を早めることも屡々である。これも瘀血障害と呼んで治療の対象としている。

8. 毒物性瘀血(砒素、キノホルム等)

昭和31年頃、森永ミルクに砒素が混入していたために乳児に重大な障害を与えたことは、いまだに記憶に新しいことである。私はかつて砒素中毒の小兒を診たことがあるが、砒素中毒による胃腸障害が消褪したようにみえても、歩行困難を起こした小児を診るに、下腹の臍傍から臍下にかけて漢方でいう瘀血性抵抗が残っており、駆瘀血剤によってほとんど完治せしめたことがある。キノホルムによる脊髄障害もこの方面から研究を進めることにより、治療医学を開発する必要があると思う。このような瘀血に対しては、駆瘀血剤が有効である。それを知らないでは良い治療は成り立たないであろう。

9. 食毒性瘀血(飲食過度、肉偏食)

これは過度に飲食や、魚・肉類の過食によって起こるものである。そのつもりで診察しないと分からないものである。両方の季肋部に“飲食塊”が現われるということを、『腹証奇覧翼』(和久田叔虎)に述べているが、私たちの日常臨床において時に診ることがある。
肉類の過食によるものは、鳩尾より胸骨下部にかけて圧痛があり、心臓も肥大して、所謂原因不明の心不全となっていることが多い。しかしそのような患者の下腹部を診るに、臍傍および臍下部に瘀血性抵抗を持ったものが多い。
ひとつの症例を挙げてみる。35歳の男子で、左腎動脈の狭窄によって高血圧症を起こしている青年を診るに、両鼠径部に圧痛、抵抗があり、本人も自覚している程である。ここ10年間、毎日下痢する程、牛肉を食べたというのである。大学病院で腎動脈狭窄の手術を勧められている。このような下腹部瘀血は、肉食の過剰による腸の炎症と関係があると思うのだが、ここに気付かないでいれば片方の腎動脈を手術しても、反対側の腎動脈も狭窄を起こすことを防ぎきれないのではないかと思う。腹壁をもっと丁寧に観察してほしいものである。

10. 気毒性瘀血(気滞→血滞による腫瘍、癌等)

『素問』にも、「気の著く所、熱す」とあり、乳腺症を乳癌ではないかと心配して来診した婦人の場合、癌ではなくて乳腺症の上の皮膚に熱を持っていることが多 い。外表に見えるものは、この気の動きによって肉体に及ぼす影響がはっきり見えるので分かりやすいが、内部臓器においては、継続的に見ることが不可能に近いので、この気による腫瘍の発生については、実際に見ることは難しい。しかし、胃潰瘍と胃癌の場合、病人の気質をみれば、大体鑑別診断ができることが多いのは、ベテランの臨床家であれば、理解できることである。
肺癌や子宮筋腫、子宮癌の場合にも、その病人独特の気質的傾向があるようだ。この点、心理学の方から、患者自身の無意識に持っている気質的傾向を浮び上がらせる必要があり、それを行なうことによって治療医学も有効なものになると思う。予防医学の面からも大切なことなので、将来この方面からの研究を待ち望む者の一人である。

 

以上催瘀血の因子についていろいろと述べたが、私のいう瘀血には、良性・悪性腫瘍も、両者ともに含んでいる。

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