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癌は治るか(癌臨床の現場から)

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本版」

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「瘀血研究17」/1998年
癌は治るか-癌臨床の現場から
小川新

目次
 緒言
 胸腹証を中心とした癌治療の証型と方剤について
   1.肝欝滞症:胸脇痛、腹部脹満
   2.肝胆実火証(帯脈の実火を含む)
   3.気滞血瘀証
   4. 脾虚痰濁証
   5.肝脾不和証
   6.陰虚内熱:五心煩熱、虚煩、耳鳴り、眩暈
   7.陽虚・虚寒
   8.三焦熱証・熱毒熾盛証:
   9.胸寒証
  10.気血両虚:
  11.気虚
  12.腎虚寒証
 術後の漢方治療
   1.術後早期の治療
   2.術後、抗癌剤投与後
   3.制癌剤副作用の治療について
 症例報告
 総括
 結語

■緒言

今や、日本国民死亡率のトップは癌です。これに対し、西洋医学的研究は毎週の如く報道せられています。最先端の科学技術が癌の制圧を目指して、世界中の医学者・薬学者・生物学者・代替医療の専門家達が日夜躍起となっています。新しい情報が登場する度に、医師や大衆や現在癌に罹患している本人や家族など、多くの人達がそれに夢を託しています。

癌への挑戦と言えば実に耳には頼もしく聞こえますが、臓器別医学が最高であると思い、それしか考えられないような近代医学では、何時まで経っても癌を治し切ることは出来無いでしょう。そこでは治す自信のない医師と、治る希望のない患者との相互関係となってしまいがちです。強引な徹底的手術の結果と、強力な抗癌剤投与による悲惨な副作用に恐怖を抱く大衆は実に多く、その為に死への準備も出来ずに、死の世界に追い込まれて行く人が少なくない。

一方我々の仲間は、末期癌患者に対しても何とかならぬものかと、漢方針灸治療を上手に施療して、余り苦しむこともなく臨終を迎えられることを手伝って参りました。それは、欧米でいうホスピス医療が日本に登場するより二十数年前から我々が実践していました。

さて、もっと積極的に癌の臨床に取り組むようになったのは、二十年位前からですが、ここ十数年前から少しずつ自信めいたものが生まれて来たようです。今回はその一部を報告いたします。それは上手に経過したものばかりですが、実は何時でもそんなにうまく行くものばかりではありません。お互いの信頼関係が密接であればあるほど、癌治療はやり易く予後も良くなって参ります。

今ほど癌の民間療法が求められ宣伝されている時代は嘗て無かったように思います。大衆は抗癌剤治療に恐怖を抱いており、そこに民間療法が流行する原因が存在するようです。民間療法も、証が合わなければ悪化する者も多いようです。これでは大衆は何を頼り、何を信じて良いかに迷うわけです。家族や看護人が迷えば迷うほど、病人は苦しんで参ります。所謂、運のいい人は助かり運の悪い人は助からないということになるのです。

我々にとっては、統合医学的発想の基に伝統医学的弁証を深く広く会得し、「癌恐るるに足らず」という臨床的実力が切に求められているようです。我々は、このような大衆の要望に答えなければならないのです。それは、大衆のみならず直接、我々自身及び医師の家族において求められているものです。私のこの粗末な臨床が、少しでも諸賢の御参考になればと思い御報告致す次第です。

■胸腹証を中心とした癌治療の証型と方剤について
私の臨床例は現在約百名位に近いものの、カルテを通覧してみるに癌であっても癌として特殊な治療を行った部分は少なく、大部分はその病人の病証に応じた方剤を選定しており、それを証型として分類してみたら略十二種類に分けられました。そしてその証型に応じた方剤を列記してみました。

1.肝欝滞症:胸脇痛、腹部脹満
大柴胡湯=脇胸苦満、嘔気、口苦、咽痛、温熱の症候あれば茵蔯蒿・山梔子を加える
四逆散=腹中痛、四肢逆冷、咳悸、直腹筋拘急・逍遙散(和剤局方)=手心・足心煩熱、頭重、眩暈、発熱、寝汗
柴胡桂枝湯=発熱、微悪寒、微嘔、心下支給、心腹卒中痛
柴胡疎肝湯(統旨)=胸脇痛、肩項強急
柴苓湯=小柴胡湯の証にして煩渇下痢するもの
巫神湯=口渇、煩熱

2.肝胆実火証(帯脈の実火を含む)
龍胆瀉肝湯(薛己セツキ)=手足及び体に裏湿あり、頻尿、小便不利、下腹(下焦)から大腿にかけて炎症性充血あり、中焦・上焦にも熱感あり
柴胡清肝散(一貫堂)=咽喉・耳・鼻の炎症、右腕脇圧痛、四物湯合黄連解毒湯(温清飲の方意も含む)
加味逍遙散=微熱、頸から顔に汗出・のぼせあり、上焦に充血症状がある

3.気滞血瘀証
桃紅四物湯=腹痛、四物湯の腹証あり
四物湯=下腹痛および帯脈に障害あり
血府逐瘀湯(四逆散証と四物湯を合併し、桃核承気湯を加えたもの)
桂苓丸=臍傍及び下腹部の瘀血性抵抗
桃核承気湯=実証のぼせ、下腹痛・腰痛(清熱瀉下・活血逐瘀)

4. 脾虚痰濁証:益気健脾、燥湿化痰、腹部満悶、食欲不振、悪心、咳嗽、痰、浮腫、軟便
半夏白朮大麻湯=心下もたれ、頭痛、眩暈、胃腸虚弱
半夏厚朴湯=咽喉つかえ、気欝、神経症状
温胆湯=清化熱痰、虚煩痰熱、不眠
加味温胆湯=温胆湯に黄連1.0g・酸棗仁3.0gを加える
竹茹温胆湯(寿世保元)=発熱、不眠、煩躁、痰多きもの、熱痰、和胃降逆、清熱解鬱、滋陰益気
導痰湯(済生方)=痰多し
清熱導痰湯(寿世保元)=波多く、胸満、手足痺れ、眩暈
栝樓枳実湯(万病回春)=実証の粘痰、痰出困難、胸痛、胸部満悶

5.肝脾不和証
半夏瀉心湯=心下のつかえ・張り、嘔気、腹鳴、下痢するもの
旋覆花代赭石湯=げっぷ多く、心下痞満、便秘するもの
柴芍六君子湯=四逆散証に腎虚を兼ねる、肝実、脾虚、腹筋拘急、胸脇ひきつるもの
黄連湯=胸やけ、肩痛

6.陰虚内熱:五心煩熱、虚煩、耳鳴り、眩暈
六味丸=六味丸の腹証、滋補肝腎、清虚熱利湿
知麦六味丸
杷菊六味丸

7.陽虚・虚寒
当帰四逆湯:温経、散寒、活血通脈
当帰四逆加呉茱萸生姜湯=腹痛・嘔吐を伴う冷えの強いものに用いる
当帰芍薬散=補血、活血、健脾利水

8.三焦熱証・熱毒熾盛証:清熱解毒、活血化瘀、発熱、口渇、悪熱、便秘、濃い尿
黄連解毒湯
大黄黄連瀉心湯=心下部つかえ、不眠症
梔子厚朴湯=心煩腹満、臥起安らかざるもの
甘連梔子湯=胸やけ

9.胸寒証
苓甘姜味半夏仁湯=欬満、胸満
苓桂朮甘湯=心下痛、痰飲目眩
甘草干姜湯=肺中冷、目眩、涎唾
茯苓四逆湯=誤汗・誤下して発熱・煩躁・手足冷

10.気血両虚:気血双補、温湯袪寒
十全大補湯
帰脾湯=心胆両虎、血虚の強いもの(気血双補・補脾・養心安神)
加味帰脾湯:帰脾湯に少しく熱証のあるもの
人参養栄湯(和剤局方)=気血双補、安静袪寒、止咳

11.気虚
補気建中湯:胃腸弱く腹部膨満感あるもの
人参湯=心下痞硬、胃腸弱い
六君子湯=健脾化痰

12.腎虚寒証
八味丸=温陽利水
真武湯=発熱、心下悸、頭眩、尿利減少、下痢、咳

■術後の漢方治療

1.術後早期の治療

癌手術の場合、大多数の外科医師は主たる癌腫瘍をは完全に切除し得ることを理想としているが、腫瘍の場所によっては、脳外科のように完全に切除し得ない場合もある。

◎積極的拡大手術後の場合
早期の癌腫であっても、所謂根治手術を目標として、所属のリンパ腺を徹底的に剥離切除する時には、主たる腫瘍を有する臓器の周辺部にも手術による炎症が残っているので、剥離部分の創傷による炎症を取り去る必要がある。そこでは術後脾胃が弱っているからと言っても、漫然と六君子湯のような補剤を与えることは危険でありその為に小生がよく用いる方法は、術後早くからお茶代わりに霊芝や生姜を加えた桂枝茯苓丸を飲ませて、体内手術創の炎症を出来るだけ早く除くようにしながら、2~3週後から脾胃の補剤を投与するようにしている。
術後食欲不振だからと言っても、漫然と補剤を与えることは、癌にとっても良くないことになる。

2.術後、抗癌剤投与後

術後1~2か月後、手術による障害の回復が充分でない早期に抗癌剤を投与する医師が多いが、これはあまりにも安易で愚かな行為ではないのか。 
特に外科医は、リンパ腺転移や臓器転移を肉眼的に確かめて見ているので、術後もその光景が脳裏に刻まれており、出来るだけ早期に、出来るだけ徹底的に抗癌剤で叩きたいという欲求に駆られ易いのです。ここに外科医の陥り易い落とし穴があるのです。
手術によって既に癌免疫に悪影響を与えているのに、それが充分に回復しないうちに早くから毒性の強い抗癌剤や、放射線治療をする等、全身的侵襲の強い投与方法が主体となっている。その副作用には凄ましいものがある。 私は広島原爆投下後、三週間位から始まった急性放射能障害で死亡された被爆者の病理解剖を手伝ったので、白血球数100以下で死亡した人の、全身性出血障害患者の黄色い骨髄を手に取って見ている。強引な抗癌剤投与がそれに類似しているように思えてならないのです。

私は病人をしてこのような惨憺たる状態に追い込むことが、どれ程の意味があるのであろうかと、世界の癌専門家と徹底的に討論をしてみたいのです。

3.制癌剤副作用の治療について

1)重症:食欲不振・発熱・下痢するものが多い証型としては
肝脾不和=半夏瀉心湯、柴芍六君子湯を処方することが多い(肝癌の臨床に多い)
脾虚痰濁=竹茹温胆湯
気血両虚=十全大補湯
気虚=四君子湯、六君子湯
2)中等症〜軽症
肝鬱滞症・肝胆実火証・気滞血瘀証・脾虚痰濁証・陰虚内熱証・陽虚虚寒証・三焦熱証・気虚証・腎虚寒証

◎私達の所に来る癌は、余命1~2週ないし1~2か月という重症が多く、癌を治すというより、少しでも延命効果を期待し、出来れば自宅で家族に見守られながら、立派な臨終を迎えるというホスピス的なものを目標とせざるを得ない現状です。

以上、癌患者の随証治療を補瀉迎随によって治療を行うのであるが、これらの証型以外にも色々の証があるので、我々の日常臨床における漢方治療の実力が問われることになる。即ち、凡ての癌患者を何とか治療せんとするときの治療成績は、その主治医の実力が問われることになるのです。それは、漢方的弁証の深さ、広さ、鋭さのみならず、西洋医学診断治療の実力をも具備した、統合医学的実力を問われることになるのです。
その為には、永年に亘る学習と精進しかここに至る道程は無いのです。そうしないと癌の臨床において心に圧力を感じたり、逃げ腰になったりして、なかなか効果が発揮できないのです。
以下、特に胸腹証を中心とした、癌の臨床について症例をもって提示したい。

■症例報告

■総括

  1. 私の癌の臨床を出来るだけ理解し易くするにはどのような考え方をしたかについて述べる為に、日常臨床を整理してみたら、証型として略十二種類に分類することができた。しかし、この証型の分類に入らないものもあるはずである。
  2. 術後の漢方治療について理想を言えば、手術者本人が補瀉を知った随証的手術をなし、術後には抗癌剤や放射線治療をせずに証に随った漢方針灸療法をなせば、理想的統合医学が出来るはずであるが、現実には未だ甚だ困難な世紀となっている。
  3. 現実としては、多くの場合抗癌剤治療や手術による副作用を持った患者を目前にして、その場の証に応じた湯薬を投与し針灸術を行うのである。しかしそれはあくまでも、古典医学を中心とした弁証の正確さ・深さを基本としたものでなければならない。
  4. 癌の臨床では癌の発生部位が何処であろうと、古典漢方の弁証の仕方が最も大切であることを力説した。
  5. 抗癌生薬について一項を述べる積もりであったが、現代の中医学専門家が使用しているような多種類のものは余り必要でないようだ。駆瘀血薬として赤芍・桃仁・紅花・丹参・田七・三稜・莪朮・延胡索を用い、補血薬として熟地黄・当帰・枸杞子・竜眼肉などその他証に応じて清熱瀉火薬・清熱涼血薬・清熱燥湿薬・清熱解毒剤に理気薬・化波止咳・温化寒痰薬・止痰止咳薬を用いたが、この中で特に大切なのは利水薬である。尚、駆瘀血剤としては莪朮・三稜を特に多用してみたが、これだけでも可成りの効果があったように思う。

■結語

この論文が現在の日本漢方界の諸賢にとって、少しでも御参考になればと思いその一部を報告した。統計的発表をするには僅か百名位では大した意味をなさないので、将来三百名以上ともなれば後刻報告したい。それまでは「癌臨床百話」のような形式で、症例報告を続けてみたい。勿論、小生の未熟と思われるものも含めてである。
尚、私達の臨床ではCT・MRI等は他病院のものであり、患者達の話を基としたり、稀に持参した映像を見ただけで、本格的西洋医学畑から見れば甚だ心もとない報告となったことは、現代の日本の医療世界においては止むを得ないことである。この点ご不満の諸賢も多いと思いますが、官公立等の大病院の中での弁証治療ではないのでお許し願いたい。

「瘀血研究17」/1998年
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