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「西客対話」 石川玄徳 録(再掲)

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「西客対話」 石川玄徳(一橋医官)

出島商館医官との会見記録

  1. 寛政六甲寅年五月(1794) 
  2. 享和二年壬戌三月(1802)

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■1.西暦1794年5月下旬(寛政6年4月下旬)、江戸参府中の“オランダ東インド会社”出島商館長一行と日本人医学者との会見記録。

寛政六甲寅年五月(1794)の会見に参加した人物と日時の部分を抜粋

四月晦、月池桂川法眼と共に二人なり、舌人加福安治郎今村金兵衛通訳す。
五月二日、余一人接問に至る金兵衛通弁す。
五月五日、桂川甫周、栗本瑞見、佐藤幽仙、大槻玄沢、宇田川玄随、余玄徳六人なり。

また、この時の日本側医師による会見記録には、石川玄徳の「西客対話」の他に、大槻茂質による「甲寅来貢西客対話」 がある。

この「甲寅来貢西客対話」は寛政六年五月四・五両日の記録である。

大槻茂質による「甲寅来貢西客対話」は、《早稲田大学 古典籍総合データベース、「西客対話 / 大槻茂質 録」》より閲覧できる。

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■2.享和二年壬戌三月(1802)の記録

“オランダ東インド会社”出島商館 医師レツテキとの問答

冒頭文より

・・・ 西医レツテキト問答セシ事ヲ記載セリ (享和二年)三月二日 旅館長崎屋源右衛門カ家ニ於テ初メテ西洋人対面ス 姓名下ニ挙ルカ如シ 外科レツテキハ往年戊午ノ歳ニ初テ東都ニ来リ今年又来貢ス 音写ニ一萬里外知己アルモ我邦ノ馨徳ノ厚キ餘光ニアラスヤ 暗ニ一聨ヲ賦シ得タリ 五大州中慕馨徳一万里外存知己

西洋人姓名
 加比丹役者 (姓)ウルレ厶 (名)ワルデナル 齢四十一
 書記役者 (姓)マルテン (名)マツク 齢二十一
 外科医師 (姓)ヘルマニス (名)レツテキ 齢三十三

【補注】往年戊午ノ歳:寛政十年、西暦1798年

「西客対話」 石川玄徳

小川新所蔵[小川古医書館蔵] 本文二十八丁

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byささふね

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