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『傷寒論』『金匱要略』を軸とした弁証論治の世界

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本語版」

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漢方の臨床 39卷3号 (1992年3月)
『傷寒論』『金匱要略』を軸とした弁証論治の世界
小川新(Ogawa Arata/1991)

目次

私の漢方医学の弁証法と治療について

1. 弁証論治(模型)の実例

2. 症例

  症例1.    柴胡四物湯(小柴胡湯と四物湯との合方)
  症例2.   四逆散と四物湯の合方及び桃核承気丸の兼用
  症例3.   温清飲
  症例4.   四物湯加柴胡合猪苓湯兼用桃核承気丸
  症例5.   龍胆瀉肝湯兼桃核承気丸(潤腸湯加夏枯草)
  症例6.   炙甘草湯
  症例7.   加味逍遥散
  症例8.   巫神湯
  症例9.   風引湯合柴胡桂枝湯
  症例10. 風引湯合柴胡桂枝湯
  症例11. 風引湯合柴胡加竜骨牡蠣湯
  症例12. 枳実薤白桂枝湯兼八昧丸
  症例13. 千金当帰湯

3. 総括

4. 結語


私は、岡山医科大学の医学部在学中から、 日本の伝承医学に興味を持っていた。医学部卒業(1947年9月)後、約30年間は外科医としてメスをとり、内臓外科、肺外科、心臓外科を専門としてきた が、一方、卒業後8〜9年からは『難経』系の脈証や『傷寒論』の研究も独学で勉強しながら臨床していた。広島市民病院外科部長在勤11年後(1963年) に退職、小川外科医院を開設し、何ら制約のない環境で漢方針灸術をも併用し、最近20年間は外科的手術は一切西医に任せ、漢方針灸を専門とするようになっ た。

『難経』系の脈証にはじまった古典医学ではあるが、『傷寒論』『金匱要略』を吉益東洞の『類聚方』『薬徴』、その長子の吉益南涯の『観証弁疑』などを中心に独学で腹証・脈証を修練し現在に至っている。

今回、成都中医学院の郭子光教授の推薦を受け、この論文を御披露することになったわけである。

まず私の漢方医学的弁証の方法について述べ、次に臨床例を提示しながら模型的な弁証論治を述べ、次にその臨床例13例についてご説明申し上げる次第である。

私の漢方医学の弁証法と治療について

私は、脈証は『傷寒論』系の脈状診のみならず『難経』系の六部定位の脈証によって臓腑の虚実弁証をも加えている。

現在、中国及び日本に於て無視されている弁証は、脈に於ては足の趺陽および小陰と頸の人迎脈である。それは『傷寒雑病論』の序文の末尾に近いところに、“按寸不及尺、握手不及足、人迎趺陽、三部不参”と言って、張仲景師は、その在世当時から嘆いておられる。『傷寒論』の弁脈法第一、平脈法第二及び『金匱要略』にその必要性を述べている。

この足脈についての研究は漢方医学を学習しはじめた四十年前から気付いていたわけではない。それは手脈及び腹証の研究の疑問点から自然に出発したものであり、十数年前からの独習である。多くの未熟さを含んでいるかと思うが、現在の私の弁証に一気に自信をつけさせてくれた重要なポイントとなっている。

このように舌証を除いて、次第に完備してきたものである。このようにしてまず陰陽・寒熱・表裏・虚実という順序で弁証してきたものである。このような私の日常臨床の実際の全部についての詳細は、中国はもちろん、日本でも出版したことはない。今回、私の粗末な臨床経験を日本のみならず中国の諸賢の前にご報告できる機会を得たことを非常に光栄に存ずる次第です。

1. 弁証論治(模型)の実例

模型1
:47歳の女性

現病歴は、7・8年前から両足趾、両手指、両足関節痛があり、両手に浮腫があり、排尿に勢いがない。月経は少ない気がする。5年前に尿管結石手術を施行した。

手脈は右寸関ともに弦、尺は沈。左は寸関尺は沈細である。
足脈の少陰は両方とも沈んでいる。左の少陰はひどく沈であり、趺陽の脈は少陰脈とは反対に緊になっている。
腹証は心下に水滞性抵抗があり、下腹には瘀血性抵抗がある(図1)。
腹証と手脈、足脈により、利尿作用に障害をおこし、手足の浮腫をきたしたものである。それでホルモン的補肝作用と利尿作用のある当帰芍薬散を投与することにしたが、さらにそれを強めるために薏苡仁を加えた。これによって排尿も勢いがよくなり、手足の関節も浮腫がひいて、3ヵ月後には関節痛もなくなった。

考按
趺陽の正常脈は遅、緩であるが、少陰の脈が沈になっているとき、趺陽は緊になることが多い。なお、少陰の脈は弦・浮か正常である。趺陽と少陰は土剋水で正常に調和されているが、少陰が沈となるときは趺陽は病的に緊となることが多い。

『金匱要略』水気病脈証第十四に「少陰脈緊而沈、緊則為痛、沈則為水、小便即難」の条文通りの症例である。また、同じ水気病脈証には「趺陽脈当伏、今反緊、本自有寒疝瘕腹中痛、医反下之、下之即胸滿短気」とあるように、この症例のように下腹に寒疝瘕(瘀血性抵抗)がある場合には趺陽の脈が緊となることを述べている。この下腹の瘀血性抵抗と少陰の脈は関係が深く、瘀血の古いものほど少陰の脈の沈の程度は重症となり、細、微、弱、伏、さらに不至(不触)に至るのである。
また、趺陽の脈が緊であって、有寒疝瘕、腹中痛のとき、医反って之を下せば、胸満短気すとあるように、症例によっては喘息や狭心症、心筋梗塞を起こすわけである。

模型2:54歳の男性

現病歴:手に浮腫があって握れない。握力がない。また、膝に力が入らないので歩きにくい。今年の冬から春にかけて全身が熱くなり、汗がよく出ていた。今も口渇、残尿感あり。10年前に尿道結石のために1カ月熱が出た。それは手術により治った。勃起不能に悩んでいる。

脈証は右手の寸関尺は全て沈、細である。左の寸関尺は弦である。即ち左右の尺中の脈の虚実が全く対称的になっている。
足脈は左少陰は不至、右は沈(⧺)、趺陽は左右とも少し緊である。
腹証は図2(略)の如く、心下及び右脇下部に抵抗があるが、右脇下部の抵抗が最も堅く触れ、圧痛がある。下腹は両腹直筋に沿い、下の方恥骨上部に向かうほど硬い抵抗があるが、それに挟まれた臍下の部には不仁がある。
脇下部の抵抗圧痛によって小柴胡湯を口渇・汗・浮腫の状態によって、五苓散を合方して投与することにした。さらに下腹の腹証と足の少陰脈の不至を参考として、八味丸を兼用投与することにした。
これを継続投与すること2年後には、浮腫は殆ど取れて握力が正常化し、小便も勢いよく、夫婦生活もよくなった。しかし、腹証(図3)は、いまだに右脇下部と下腹にも抵抗が残っているが、左少陰の脈は伏になってきたが、さらに1年後には沈(⧺)となった。

このように、腹証も脈証も良い方向に変化してゆくものである。一般に日本の腹証論には、時間的推移による変化の追及が足らないので実証性に乏しく、不確実な腹証論になり易く、先輩たちや現代のベテラン漢方家の腹証は、学習に際し混乱を招き易いことをいつも危惧しているものである。

2.症例

 

  (略)詳しく見る

3. 総括
私はこれまでの論述によって『宋版傷寒雑病論』を中心とした徹底した弁証論治を試みたつもりで、私の弁証論治の理論と実際について述べた。

この中で、日常行っている人迎の脈についての弁証は、紙面の都合上、述べる機会がなかったが、私としては、『傷寒論』の序文にあるような「三部参せず」という仲張景の注意に違反しないように三部を参ずることを本旨として日常の臨床を行っているわけである。日本に於ても全く無視されている足脈や人迎脈をふくめた胸腹証の弁証の世界を申し述べたが、諸賢にもご参考になれば、幸甚と存ずる次第である。

最初に私の弁証論治の世界を模型的臨床の実際を述べた。当帰芍薬散と柴苓湯の臨床を通して、手脈、足脈、胸腹証の弁証法を説明した。
症例13例をもって臨床の実際を簡略に述べたが、その中で特に、四物湯合方或いは地黄、当帰、柴胡配合剤、活血お剤を投与した臨床例のみを述べた。また、清熱法、温補法についても述べたつもりである。

4. 結語
私のこの論文については、近い将来、四川省の出版社で出版予定の腹証の本(『古今腹証新覧』)及び上海中医学院・成都中医学院と北京中医研究院で発表した「足脈からみた脈証及び胸腹証」の論文を御参考にして下されば、私の言わんとするところが一段と理解し易くなると思うので、ご参照頂きたい。

二百数十年前、広島出身の医傑吉益東洞が原始傷寒論へ帰れという革新的伝統医学を創造したが、それは現代の日本伝統医学の復興運動の根幹をなした。 私はこのような地域環境の中で育てられた医師の一人として、吉益東洞が排除したり無視した脈・腹証の世界を発展してきたつもりである。後漢時代、張仲景によって集大成された『傷寒雑病諭』の張仲景の意図するところを探し出すつもりで学んできた跡が、日本及び中国の諸賢に少しでも御理解頂ければ私の喜びこれに優るものはない。

なお、本論文は「現代中医治療学」の第七篇、日本漢方医学の一部として四川省の出版社から出版予定である。

(1991年/医師 小川新 日本東洋医学会名誉会員)
(漢方の臨床39卷3号 “『傷寒論』『金匱要略』を軸とした弁証論治の世界”)

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