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信仰と癌“牡蛎養殖老人の胃癌”

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信仰と癌
小川新

法華経には

“三界は安きことなし猶火宅の如し、衆苦充満して甚だ怖畏すべし。常に生老病死の憂患あり。かくの如き等の火、熾然としてやまず、・・・しかもいまこの処は諸々の患雑多し、ただ我一人のみ能く救護をなす”

と説かれている。

病気の中で苦痛を伴う難病の一つに癌がある。何人も苦痛なく安楽に往生することを願っている。そのために我々は日々の信仰に励んでいる。
はたして信仰は我々の願望を充たしてくれるだろうか。この物語はそれを立派に証明してくれました。

“牡蛎養殖老人の胃癌”

この話は、昭和三十年頃の事です。

六十歳を少し越した老人でとにかく徹底した正直一筋の方でした。顔は海で日焼けし、特別な肥料も使わず手間とひまを惜しまず一心に牡蠣を育てるのです。その味は天下の絶品といわれ、小説家の武者小路実篤をはじめ多くの有名人諸家からも賞味せられていたようです。私も二年物の生牡蛎をいただいたことがありますが、口の中で蕩けるように美味しかったのを覚えています。

さて世界大戦後、広島の復興も漸く始まろうとしていたが、廃墟の多い昭和二十三年秋、身延山法主深見日円猊下が老人の菩提寺の慈光寺に巡錫された時、法主様がお歩きになる本堂前庭を新しい真砂を敷き詰めて荘厳するなど一生懸命奉仕されていました。

それから五年ほどして、老人が胃癌で家で寝て居られるということを聞いたので、早速見舞いに行きました。
腹を指して「ここに腫瘤があります」と言われるので、小生も医師として診察してみると大人の拳ぐらいの大きさのものでした。本人はその病気が不治であることをよく知っておられました。
将に末期癌でしたが、不思議なことに全く痛みも無くまた吐くこともなかったのです。「ああ昆布が美味しい、水が実に美味しい」と語るのです。
そして枕元にあった日蓮聖人遺文全集の一冊を私に託し、「君は若いのだから、この御遺文集を読んで信仰に励んで欲しい」と遺言の如く語られました。

この方はそれまで町の老医師に診てもらったことはあるが、あちこちの病院を訪ねることもなく、自らの天命を知って悠然と死を迎え、諦念の中でお題目を唱えながら、「有り難い、有り難い」と言いつつ大往生されました。おそらくお祖師様の居られる霊山浄土にお生まれになられたのでしょう。

この徹底した法華経信者には、医師のホスピスの必要も全く無く、唯、黙然として信心の功徳を信受するのみでした。

然るに最近の日本の現状を顧みると、多くの医師や患者は癌と言う病名が付けられると、恐れる余り最高の医療を求めてあれやこれやと迷うのです。
あらゆる検査や機器を駆使して現在の病症を理解しようとするが、それは病症の一部を示すが癌の底に潜む臓腑関連の病態像を教えてはくれない。
医師として最も大切なことは、患者一人一人に対してそれぞれの癌の病態の流れを冷静に直視し、検査では分からない部分を熟知して治療する事です。
ここに於いては、知識ではなく智慧が大切なのです。知識のみの医学は苦の上に苦を重ねる結果になります。

欲令衆には

“諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめ 、清浄なることを得せしめんと欲するがゆえに、世に出現したもう・・・”

と説かれているのです。
我々はこのような仏の念に導かれて少しでも仏知見を開き、因果を知るような智慧を頂くことが大切な事です。
それは医師にとっても患者自身にとっても最も大切な心の世界です。智慧のない知識では理想的な癌治療はできません。因果を知らない医師たちが親孝行しようとして一生懸命治療を施し、その結果は親を殺してしまうような悲劇が、医師の家族の中で展開されることは多いのです。

今、我々の身体に数十億個あると言われる体細胞を観るに、その一つ一つが心、仏性を持って生きているのです。一切の病気の中で癌は、言わば提婆達多のような存在です。
法華経によって提婆達多は成仏しました。我々の身体にある癌細胞は、我々が色々と迷ってきた跡の証左とも言うべきものでしょう。我々は、自らは感知し得ない多くの罪障を持っています。ですから、知識を得たとしてもそれが迷惑道の材料にならぬように信仰に励まなければなりません。

信仰によって得られた智慧をもって知識を生かせるようにお題目から智慧と慈悲を頂くよう菩薩道に生きなければならないと思います。

小川新(1999年6月)

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