« 医は意なり | トップページ | 『素問』「痿論篇」の病態認識と治療〜現代脊髄神経病学の問題点 »

なぜ「統合医学」としたのか

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本語版」

_________________________________________________

なぜ「統合医学」としたのか

小川新

私が理想的医学として「統合医学論」をはじめて発表したのは1978年でした。

その時なぜ、「総合」でも「融合」「結合」でもなく「統合」としたのか。

■なぜ総合医学としなかったか
 さて、統合医学とは何を意味する言葉であろうか。

私が統合医学を総合医学と言わない理由の第一は、
この「総合」を安易に用いる「総合病院」が全国津々浦々にある。
色々な科を備えた総合病院といことですが、各科が単に横ならびに並列したものが多く、私の意図する総合ではい。

私はこの総合医学という言葉では、私の理想とする医学の表現に対して非常に誤解を生むであろうと考えたからであります。
結論的に言うと今の所謂「総合医学」は私の意図する総合です。
総合という名称に対するこのような抵抗があったからです。 

■なぜ融合医学としなかったか

次に融合という名を付けなかったのは、融合したら新しいものが出来なければならないということになり、漫然と融合という言葉を付ければ、東洋医学や西洋医学の元来持っておる特徴を失う恐れがあり理想とする医学にはならないと考えたからです。

次元の低い東西医学になってくるのではないかと恐れたからであります。

■結合医学としなかったか
 次に東西結合医学という表現について申し述べます。

中西合作という名称は中国でよく表現されて使われていますが、これは東西医学に分割した場合、その分割を再び結合して理想的な医学をやろうという意味の名称でありまして、政治的にも東西医学を互いに利用すればもっと良い医学が出来るはずだという政治的配慮によるものが多いと見たからであります。

一般大衆から見れば、そのほうが結合理念の医学は理解しやすく理想的なものであると見えますが、この結合理念にはそれに基づく哲学的理論の背骨が見られない、基礎理論が欠如しておるというところに暖味さがあるからであります。

■なぜ統合を用いたか
 そこで最後に統合という名前を用いた理由について箇条書きに述べます。

1.夫々の医学の最高級の技術水準を維持すること

2.病態の流れの中で最高の医療を行うためには、現在その時の病気の流れの最大の証、最も適切な証を時を逃さずにその時を空間的なものとして捕らえる最適の医療を行うことを理想としたからであります。

要するに証の流れの時を空間的に見て最適の医療を行わんとしたときに付けた名称であります。時間を空間に理解しその時その場に応じた最適の治療をすることであります。

3.最高の責任者は、この統合的証に応じた東西医学を自由自在に判断し実践できる能力を持つ人を中心に行うことであり、そうすることによって統合医学的診断と統合医学的治療を実践することが出来るからであります。

そこには理想的医学を実践し得る医療技術者の養成が期待できるのです。
証に応じた東西医学を自由に駆使し得る人材は生まれる。

ここに私の統合医学を世界に発信した目的が存在するのです。

小川新(OGAWA Arata)

______________________________________

[広告]月刊誌「ナショナルジオグラフィック日本語版」

|

« 医は意なり | トップページ | 『素問』「痿論篇」の病態認識と治療〜現代脊髄神経病学の問題点 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

東洋医学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208481/15320409

この記事へのトラックバック一覧です: なぜ「統合医学」としたのか:

« 医は意なり | トップページ | 『素問』「痿論篇」の病態認識と治療〜現代脊髄神経病学の問題点 »