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胎毒下しのすすめ

胎毒下しのすすめ(胎毒性お血とその経時的観察) 
by小川新 [OGAWA Arata] (1995)

はじめに

新生児の便を胎便と言う。
誕生後すぐ服用する所謂胎毒下しによって無病ないし少病の人生を歩むことが理想的であるが、この胎毒を無視することによって起こる新生児アトピー性皮膚炎を経時的に解析してみた。

私は、1980年日本瘀血学会の第1回大会に於て、催瘀血因子10項目のうちの第1項目に挙げておいたのは、胎毒性瘀血であった(表1)。

18年前から、甘草*g黄連*g大黄*g紅花*g連翹*gをエキスを紙ティーパックにして新生児に与えることを行ってきた。私のこの胎毒下しを服用した乳幼児には、アトピー性皮膚炎はなく、風邪をひくこともなく、丈夫に成長し家族に喜ばれている。

色々な機会に於て、このようなことを実行するように、胎毒下し入りパックを学会の医師たちに配布し、産婦人科医に勧めてきた。しかし、どうも理解できないらしく、実行されるに至らなかったことは、嘆かわしいことである。
日本では五六十年前までは、大衆も知っていたことで、胎毒下しを売り出す製薬会社もあった。大戦後、アメリカの医学が導入されるに至り、産婦人科医・小児科医、そして勿論一般大衆もこのことを知らなくなった。

その様な中、近世でも、昭和の漢方復興運動に力を尽くされた石野信安先生は、産婦人科医として長年にわたり、胎毒下しを実践され、乳幼児の健康に貢献されていたという。現在、日本瘀血学会に於てもこの点に関心を持たれているのは、瀬長良三郎先生のみである。先生は、「小児科領域における瘀血について」(瘀血研究4・5号p.123ー129)で、小児期の抗瘀血治療は、将来の動脈硬化症の予防につながるから、所謂成人病に重要な意義を持つことが再確認されなければならないと言い、瘀血をきたす小児疾患群として、次のものをあげている。

1)血小板異常・出血凝固異常・皮下出血
2)慢性肝障害・慢性肝炎・肝硬変症
3)自律神経失調症
4)慢性腎不全・腎炎
5)薬剤副作用・中毒(ステロイド剤投与後クッシング症状)
6)重症感染症・川崎病等
7)食中毒
8)貧血
9)慢性代謝性疾患・高脂血症
10)外傷
11)腫瘍

まことに立派な論文である。

私は、「瘀血研究1号」(1980年p.93-109)に於て、催瘀血因子として、次の10項目を発表した(表1)。その第1項目に胎毒性瘀血をあげている。成長するにしたがい、そこに第2項目以下第10項目までの因子が加わることによって諸種の難治性疾患を形成することになると考えている。

■表1 催瘀血について
1)胎毒性瘀血(遺伝性)
2)感染性瘀血
3)治療薬剤性瘀血(副腎皮質ステロイド)
4)外傷による瘀血
5)産褥性瘀血、更年期障害
6)冷房ないし生活環境性瘀血(冷房、無体動による水滞性瘀血)
7)外科手術および放射線による瘀血
8)毒物性瘀血(砒素、キノホルム等)
9)食毒性瘀血(飲食過度、肉偏食)
10)気毒性瘀血(気滞→血滞による腫瘍、癌等

1. 胎毒下しの意味について

昔から、出生後母乳を飲む前に胎毒下しをまず服用することが、大切であると言われているが、最近は、乳児室と母親の入院室が分離しているので、産科医の理解なしでは、これは実施出来ない。しかし、数日後でも良いから胎毒下しを飲ませることが大切である。最新鋭の医療機器によって新生児の胃内の汚物を吸引しても、このような物理的吸引だけでは、胎生期の腸内の汚物は取れないし、分娩時間が長引くことによって飲み込んだものは腸に入り、2週後には発熱し、黒い便を出して解熱するというような症例が時々ある。これは胎毒に起因することは小児科医も気付いていないようである。

明の虞天民は、麻疹は胎毒が体内にあり罹患するといい、天然痘の原因は胎毒にあると言っている。私はこの説は間違っているように思う。麻疹に罹患しても、助かる人と死亡する人の差異、重症と軽症との相違点は胎毒の有無によってではないかと思われる。

日本の有持桂里は、その昔、方輿輗(ほうよげい)に於て、

初生のときの口中の悪血泥瘀汁、即ち悪血を嚥下していることに問題がある。その悪血は腹に入り、次第に凝血し、膈上から心下に入り、二、三か月すれば臍傍少腹にまで下って塊結をなすものである

と言っているが、私の臨床研究に於ても臍傍から少腹にかけて瘀血性抵抗を持つ小児が多いことは事実である。

  • 虞天民(虞摶(ぐたん))/1438年~1517年(明)/著書:「医学正伝」(いがくしょうでん・いがくせいでん):1515年(明)
  • 有持桂里(ありもちけいり):阿波の人/宝暦八年(1758)〜天保六年(1835)/文化九年(1812)/知恩法親王侍医/折衷派/著書「方輿輗(ほうよげい)」

2. 胎毒の経時的観察

(1)新生児期

この胎毒が毒として二三週後から新生児の体表に現われるのは、まず頭や顔面の湿疹である。
それは、胎毒下しを投与していないか、投与が徹底していないからであるが、殆どは投与していない場合である。日本に於ても、民族の英知として長年にわたり新生児に投与していたことを知らないという現状である。それを簡単に皮膚病として体表のみの疾患として誤認している。現代皮膚科学の認識に立って治療しているときには容易に治らず、数年、十数年、二十数年にわたり副腎皮質ホルモンの塗布にたよる姑息的治療に上って治癒し切らないで難渋している青少年・子女が多い。これを胎毒下しで生後1か月以内に治し切る人、治さないで二十数年も苦しむ人があり、アトピー性皮膚炎の天国と地獄を見るような気がする次第である。

(2)三四才の頃

腹証からみるに左鼠蹊部や右肋骨弓下に抵抗があり、圧痛がある。それは、軽症重症の風邪を引きゃすく、感染性疾患を誘発し易く、反復して罹患する。小児喘息にもなり易い。(図1)

(3)五六才の頃

小学校に入学する六七才の頃にはこの腹証は更に明らかになる。即ち、鼠蹊上部の抵抗圧痛がはっきり出現し、その範囲も広くなり、右肋骨弓下部の抵抗も大きくなって圧痛もひどくなる。この頃では、アトピー性皮膚炎は更に重症化し、皮膚炎にとどまらず、喘息や扁桃腺炎を反復しながら、中耳炎、副鼻腔の蓄膿症などをおこす。次第に感染症に対する抵抗も少なくなり、肺炎・川崎病・膠原病・脳脊髄膜炎などの重篤な疾患に罹り易く、腹証でも胸に熱をもつようになる。(図2)   

(4)12-13才の頃

女子は、月経がはじまるころになるとアトピーは更にひどくなる。月経の周期も不安定で、月経痛が激しくなることも多く、月経不順も重症となる。簡単に見える風邪であっても、感染性疾患であっても、抗生物質・解熱剤によって簡単に治癒しなくなる。原因不明の微熱に悩むことになる。
肝炎・腎炎・肺炎・ロイマチス疾患・血液疾患をおこし易く、次第に難治性となる。(図3)

(5)20〜30才の頃

この頃になれば、女子は、卵巣・子宮、男子は、前立腺に炎症性疾患を持つようになり、生理不順や排泄異常を起こすようになる。アトピー性皮膚炎は、表面からは軽快したように見えるが、実はその病態像は裏に入ることによって、本格的な肝炎・腎炎となり、難治化することになる。諸種の膠原病も発病し易く、乳癌など癌性疾患も起こし易くなる。女性ならば、流産・早産など妊娠・出産に難渋し、産褥性疾患にかかり易く、子宮筋腫も早くから発病する。そして、肝臓のみならず、肺や脾胃の疾患を相剋的に伴うことになる。(図4)

(6)50〜60才以上

アトピー性皮膚炎は完全に裏に入り、五臓六脈の疾患を起こすことになる。一見、健康そうに見えても婦人及び男性において泌尿・生殖器疾患をおこし易く、軽症の場合でも、子宮筋腫・更年期障害・前立腺肥大をおこし、癌疾患の危険性が増大する。この期に入れば腹証は図の如く(図5)、

イ)肋骨弓下の圧痛はなくなり、脇下硬のみとなる。
ロ)下腹は鼠蹊上部の圧痛は軽くなり、範囲も狭くなったように見えるが、その抵抗は深く注意しないと見逃しゃすい。しかし、恥骨上部から膀胱部にかけての抵抗は強くなる人が多い。
ハ)心不の腹証は、左右の脇下硬の間にはさまれた心不の中央部に於て心及び脾胃を障害してくるので、肝炎・肝硬変症・肝癌・肺癌・心臓病及び脳卒中風の予防治療に於ても脾胃を無視しては弁証も治療も成り立たないわけである。

3. 脇下硬について

池田政一氏の論文に「小川流腹証による針灸治療、主に肝の瘀血について」(瘀血研究8、p.23-30)というのがある。彼は、その証明として次のような古典を紹介している。

1)霊枢邪気臓腑症形第四・・・
堕墜するところあれば悪血内に留まる、大いに怒るところあれば、気上りて下らず脇下に積み、即ち肝を傷る。
2)同、五邪第二十・・・
邪、肝に在れば即ち両脇中痛み、寒中す。悪血内にありて行けばよく節を掣し、時に脚腫れる。
3)傷寒論太陽病中編・・・
血弱気盡き、腠理開き、邪気因って入、正気と相搏、脇下に結ばれ、
4)素問脈要精微論第十七・・・
肝の脈拍、堅にして長、色青にあらず、まさに堕ち、若しくは打ち、因って血脇下に在りて病ましむべし。人をして喘逆せしむ。

このように脇下硬の原因や病理は古典に述べられているが、私はこのような文献があることを知らないで、独学で臨床研究するうちに得られた結論であった。誠に不思議な思いである。又、池田政一氏は、脇下硬と脈証についても針灸家の立場から、詳細に述べているので、是非御参照下さい。

4. 脇下硬と癌について

(1)脈証について

この脈の特徴は、左寸関尺のみが沈細、沈没になっていることが多い。又、この反対に右寸関尺のみが沈細になっていることが多い。そしてこの反対側の右または左の脈は、寸・関共に弦脈になっていることが多い。下腹の鼠蹊部及び膀胱部、左右側腹部にも緊張性抵抗があるので、これらの腹証と関連した脈証を提示することになったわげである。

(2)腹証について(図6)

図の如く下腹の鼠蹊上部の抵抗や圧痛が少なくなり、見逃し易いものになる。抵抗は深く沈んでくるので、触れにくくなり、圧痛も左右腸骨前上棘から内側にのみ圧痛を訴えるようになる。この圧痛を少腹急結と間違っているのが現在の日本漢方家の腹証論である。これは、四物湯の腹証の古いものである。次に恥骨周辺から膀胱部にかけての抵抗は古く堅くなっている。以上により、男性ならば膀胱癌・前立腺癌、女性ならば、子宮癌・卵巣癌をおこすなど、泌尿生殖器系の癌になり易いか、または、直腸・大腸の良性・悪性腫瘍を発生し易くなっている。大腸ポリープ・大腸癌の多発もこのような腹証の病態像を伴っている。それは癌のみならず、糖尿病のような新陳代謝病にもなるのである。初めに糖尿病を罹患し、次に大腸癌のために手術したが、肝臓や肺臓に癌が転移するという風に病態が進展していくことも、私の腹証論から言えば、非常に納得のゆく所であると思っている。このように一連の流れを知るような観察がなければ末病としての癌の予防も出来ないであろうし、癌の治療も甚だ不完全なものになるわけである。

(3)脇下硬と胸脇苦満について(図6図7)

胸脇苦満とは、肋骨弓の下部と肋骨弓下部、即ち所謂胸脇部に浮腫性抵抗と圧痛があり、苦満の自覚症があることが第一条件である。胸脇部に何等自覚症のないものは胸脇苦満とはいわない。

吉益東洞はその著「輯光傷寒論」に於て、小柴胡湯の証として、この胸脇苦満が存在すれば、他のすべての証はなくともよいという風に小柴胡湯証をこの一点にしぼり非常に簡略化し、後世の私達の漢方医学に大きな功績を残した。しかし、今日の漢方医学の潮流をみるに、胸脇苦満の証の診断が大きく間違っており、張仲景や東洞の説いた古典医学の基本を誤って理解すること誠に極まれりと言うことが出来る。

脇下硬とは、肋骨弓下に硬い筋性の抵抗があることを言う。勿論、三指(示指・中指・四指)で肋骨弓下に指を入れるように触診するが、筋性抵抗(脇下硬)のために肋骨弓の下に指が入らない。圧痛がないので指は入るはずであるが、前述の下腹・側腹の腹証がある場合、その一部でもあれば、それと脇下硬が一緒に存在することが多く、その時には、頭頸部・耳鼻咽喉をはじめ、あらゆる五臓六腑に癌を発生することが多い。腹証の技術的側面からの長年にわたる臨床の実際から、このような考え方で種々の癌患者をみてきたが、例外的な腹証は少ないことを強調するものである。

(4)脇下硬と肝機能障害との関係について

現在の血液検査で解析されている肝機能障害は、画像診断・ウィルス及びその免疫学的諸検査、癌の免疫学的諸検査でも甚だ不完全のように思われる。細菌性感染症・エイズ等のウィルス感染症に対しても免疫不全を起こしてくるが、その上更に加えて食品や諸種薬物中毒についての解毒作用も衰退している。そのため、諸種の難病にかかり易く、その代表格として癌を見ているのである。

私のように腹証における実際の弁証論治の原点を明らかにすることは、今後の医科学において大きな課題であるように思う。現在私が考えていることは、癌遺伝因子としてのDNAをRNAからみた場合、どのようになっているのであろうかということである。

私が、かねてから激励してきた広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)の濱田勝友助手(分子生物学)の研究によれば

RNAはDNAの癌化に係わりを持ち、DNAが癌の形を成した時にはRNAは隅に隠れる

というのである。

私の癌治療の臨床的経験からみて、
ウィルスや細胞のDNAを直接破壊するのではなく、RNAを上手に誘導と活性化することによって、DNAがもとの正常な細胞に帰ることが出来るように、補瀉を充分に配慮した理想的随証療法を行えば良い。
これによって常識では考えられないような真の制癌効果を発揮するので、治療しながら自分も驚くような好結果を得ることが出来るようだ。

このように考えてくると、この脇下硬が軟くなり消えてゆくような治療を忘れては、名のみあって実のない抗癌療法となるのである。私のこのような考え方の真偽について諸賢の御追試、御批判をお願いする次第である。

総括

私は、誕生後すぐ服用する所謂胎毒下しによって無病ないし少病の人生を歩むことが理想であり、胎毒を無視することによって起こる新生児アトピー性皮膚炎を経時的に解析してみれば如何に多病難病を形成するかという実態を腹証を中心に展開してみたわけである。腹証として今まで無視されてきた鼠蹊上部・恥骨上部・側腹部特に脇下硬の重要性を述べた。このような腹証の認識なくしては難病の治療に役立たないであろう。胎毒下しを行わないことによって、3・4才の幼児期に脈証では解らなくとも、腹証では極く初期の瘀血関連の腹証がはじまっているのである。

瘀血の腹証は成人にしかないと思っていることは間違っているように思われる。この時期の腹証は幼児期瘀血腹証というべきである。私が瘀血証の診断基準のトップにあげており、必須修得としているのも、このような幼児期の臨床の実際から提唱しているのである。この実際を親試実験されたい。徒らに疑われていることをいつも残念に思っているものである。御追試、御叱正をお願いしたい。

by 小川新(瘀血研究14、1995年)

【関連事項】新生児の胎便“かに屎” 

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